人生について『因縁』これからの人生はその人の歩んできた道と無縁ではない

2017年03月13日(月)
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3月13日(月)
『イカリソウ・花言葉=君を離さない』



赤トンボの唄をうたった空は なんにも変っていないけれど あの時ずっと夕焼けを 追いかけて行った二人の 心と心が今はもう通わない あの素晴らしい愛をもう一度 あの素晴らしい愛をもう一度 あの時風が流れても 変わらないと言った二人の心と心が今はもう通わない あの素晴らしい愛をもう一度 


愛とか恋とかとは「対岸」を歩いている。ても、そんな生き方は心が渇く。だからバーチャルでもいいから体験したくて小説を読んだりして乾いた心を潤わせる。火がついて燃え盛るような熱い想いになることもある。僕は煩悩の塊なのだ。ただし、それをコントロールする能力が人生経験の中で蓄積されている。

でも、「因果な商売」である。4年に一度の禊(みそぎ)を受けるために必死になる。もっといえば選挙が近まれば有権者に対して働きかける。なんか、不思議に思う。現役の場合は4年間を市民がどのように評価するかであって、今更じたばたしてもと思ったりもするが・・・。

手前みそになるが、僕の4年前の選挙公約は①毎議会毎質問する ②議会報告新聞を発行してお知らせする。①については8年前から通算32回の連続質問 ②についても8年前から32号発行した。更に、政務活動費の使途についても公開した。つまり、4年間悔いなく活動できた。僕自身は満足なのである。それを有権者がどのように評価されるか。

意外と自分自身のことは自分で分かっているようで分かっていない。「手前みそ」になることもある。そんな「怖さ」はある。でもそれは現在は、やるだけのことはやって「運を天に任せる」心境である。ジタバタしても始まらない。

仲間たちが、選挙車やマイク、選挙ハガキなど7つ道具の準備をしてくれているのを横目に眺めながら、僕の人生そのものも選挙のようにいろんな節目節目でたくさんの人々に支えられた人生だったのだと思いに耽る。

青信号になったのでマイカーをスタートさせようとした。ところが、信号無視してきた車が右手の方から走って来た。間一髪セーフ。余裕がなかったら、おそらく交通事故。
車にも人生にも余裕つまり「遊び」が必要である。そうしないとアクシデントに逢ったり、まっすぐに歩いたり走ったりすることができない。車のハンドルも「遊び」があるからまっすく走れるのである。人生はどうだろうか。

論語に「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども矩を踰えず。」。(わたしは十五歳で学問に志し 三十になって独立した立場を持ち 四十になってあれこれと迷わず、五十になって天命(人間の力を超えた運命)をわきまえ、六十になって人の言葉がすなおに聞かれ、七十になると思うままにふるまって、それで道をはずれないようになったとの意)とある。「不惑」つまり惑わずは40歳の頃をさす。それまでは、「遊び心」「恋愛」とかに振り回される。自分をどうしてもコントロールできないもどかしさに思い悩む。時々、道を踏み外すこともある。挫折の連続でもある。
そういうものを乗り越えて今がある。

僕の場合も、まったく当てはまる。愚れた時期もあった。失恋もした。でも大きく道を踏み外すことはなかった。60歳になって弘法大師・空海の生き方に魅かれて四国遍路を結願、高野山・金剛峰寺で満願した。そして今年、古希を迎えた。でも、論語に言うように「70歳、思うままにふるまって道をはずれないようになった」とは僕の場合は言い難い。思うようにふるまったら、とんでもない方向に行きそうである。つまり、人生修行がまだ足りないのだ。

『日々精進』
今日は「月曜の声」である。何の準備もできてない。ブログの更新が終われば準備に取り掛かる。やっぱり、恋とか愛とかとは対岸の世界で歩き続けることしかないのか。

読書が一向に捗らないのも気になる。1日だけでいいから暇をもらってと思うのだが、そんなことを言える雰囲気ではない。将棋もしたい、登山もしたい、恋愛も、遍路も、なにもかも選挙が終わるまではお預けである。

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カテゴリ : 社民党・諫早市議会
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コメント

昨日防衛大臣が佐世保にやって来たとか。
どんな顔してどんな目的でやって来たのかしらないが、国と大臣に翻弄された自衛官家族に詫びる気持ちはあるのだろうか?
仙人さんブログ更新がなったので心配です。
具合が悪いとかではない事を願っています。

プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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