無題
4月30日(日)
『カスミソウ・花言葉=感謝』



愛してる愛していない 花びらの数だけ愛があればいいのに『サラダ記念日』(俵万智)


重複障害のあるK君、47歳。彼を祝おうと105kmウオークラリー仲間の、障害のあるN君、友人のAさんが集まった。何のお祝いかというと今年から通信制高校に入学する事になったのである。K君は現在一般企業で働いている。でも非正規雇用である。きちんと高校を卒業して正規雇用で働きたいのだと思う。

障害があっても、懸命に生きている姿に、僕が勇気をもらう。「進級したらお祝い、落第したら「罰金」」と僕がいうと「がんばります」とのこと。そもそもは、僕が理事長をしていた福祉施設に通所していた。将棋が大好きで僕が主宰する将棋教室にも来ていた。とても明るい性格で社会適用訓練を受けて一般企業で働いている努力家でもある。

105kmウオークラリー仲間のN君もK君とは友人関係。N君も「障害に負けずにがんばってほしい」と僕が105kmウオークラリーに誘った。これまで、最初は2連敗した。障害があるので歩くのは無理かな?と誘ったことを後悔しかかった3年目。見事に完歩した。それから6連勝している。今年も出場するという。僕は欠場、僕を乗り越えてくれた。N君もK君も素晴らしいと思う。見習うべきことがたくさんある。

実は僕も中卒である。定時制高校に通えなくもなかったが怠けて現在に至っている。「K君に見習おうかなぁ!」と思わないではないが足が重い。僕の分まで頑張ってほしいと今は思う。仕事のない日は図書館で勉強しているK君。温かく見守ってあげたいと思う。生ビール片手に焼肉にパクつくK君の姿が輝いていた。 47歳、ピッカピカの1年生なのだ。ガンバレ・頑張れ

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4月28日(土)
『フジ・花言葉=優しさ』




花びらが 散ったあとの 桜がとても 冷たくされるように 誰にも 心の片隅に 見せたくはないものが あるよね だけど 人を愛したら 誰でも心のとびらを 閉め忘れては 傷つき そして傷つけて ひきかえすことの出来ない 人生に気がつく ささやかなこの人生を 喜びとか 悲しみとかの 言葉で決めて 欲しくはない「ささやかなこの人生」。

「嬉しいこと三題」
またまた「貧者の一灯」。スナックエンドウをいただく。女史宅を訪問すると畑に直行して一緒に捥いでくださった。お礼にチョコレートを手渡すと望外の喜びですとのこと甘党でよかった
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高校生平和大使から感謝状が届く。娘が16歳の頃(今年30歳)から支援している。というのも娘自身も高校生平和大使の随行員として国連やアウシュビッツなどを訪問している。高校生平和大使の活動を「ノーベル平和賞」へとの運動もあるという。
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久し振りにライブに出かけた。20時から22時まで、ビール片手にギターの生伴奏に耳を傾けた。出演したのは愛野町在住のミュージシャン原田敬一郎氏。生ビールが心地よいほろ酔いを誘った。
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4月28日(金)
『サクラソウ・花言葉=純潔』





壁ぎわに寝がえりうって背中できいている やっぱりお前は出て行くんだな 悪いことばかりじゃないと想い出かき集め 鞄につめこむ気配がしてる 行ったきりならしあわせになるがいい戻る気になりゃいつでもおいでよ せめて少しはカッコつけさせてくれ 寝たふりしてる間に出て行ってくれ「勝手にしやがれ」(作詞:阿久悠 作曲:大野克夫 唄:沢田研二)

階段を9階まで歩く。最近は一気に昇れない。6階で一休みして9階まで。会派室で1日の作業の段取りを確認。「自由業」なので、余程自己規制しないと、ずんだれてしまう。まず、とりかかったのは来週月曜日の「月曜の声」街頭演説用チラシの作成、印刷会社への発注。終わるとその足で法務局へ供託金(市議選立候補時に30万円納めていた)の払い戻し請求。

午後からは福島県の視察・研修報告書の作成にとりかかる。少し疲れて小休止。諫早高校グラウンドを見下ろすとソフトボール部が円陣を組んでいた。
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我が家の長男坊が所属していたクラブである。当時はかなり強くて時々長崎県代表になっていた。懐かしい。
報告書を書き上げて提出して図書館を覗く。粋な計らいで、特別コーナーに5月3日の憲法記念日にちなんで憲法に関する書物が陳列してあった。僕の活動の原点でもあり1冊借りて来る。



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4月27日(木)
『アカシア・花言葉=秘めた恋』


好きで好きで大好きで  死ぬ程好きなお方でも  妻と言う字にゃ 勝てやせぬ 泣いて別れた 河原町ぼくがしばらく 来ないとて  短気おこしてやけ酒を  飲んで身体をこわすなよ  お前一人の身ではない「お座敷小唄」

我が家の藤の花が満開である。旅から帰って来て平凡な日常がつまり、何もない日常がなんと幸せなことか噛みしめる日々である。
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意識してフェンス越しに南相馬市にある避難仮設住宅を撮影した。原発震災から6年間、おそらく「こんな状態」で暮らしておられたのではなかろうかと思った。壁1枚で仕切られた避難住宅での生活は様々な制限があって、耐えながら見守られながらの6年間ではなかったか。6年間も我が家に帰れない生活なんて想像を絶する。
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岩手県や宮城県では相当復旧は進んでいるけれど福島県は原発被害が重なって未だに「帰還困難区域」もあるのである。
そんな複雑な心境で福島県南相馬市を後にした。常磐線に乗って名取駅で乗り換えて仙台空港へ向かった。千年希望が丘や津波被災地を視察するためである。
千年希望が丘には僕たちが仙台市から取り寄せて2年間育苗して植樹したどんぐりの木が「森の防潮堤」として植えられていた。
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20年後には被災地を津波から守る防潮堤になる。僕も20年後を記念樹として子や孫に託したいと思っている。海岸線と仙台空港のはざまにある集落100戸あまりは全壊した。50名近くが亡くなっている。救助に奔走して殉職した消防団員の墓碑があった。祈念して桜の木が植樹してあった。大災害は貴い命を奪い尽くす。消防団員の献身的な救助活動に思わず手を合わせた。
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何事もなかったように砂浜にはキス釣りだろうか釣り客が居た。視察を終えて海岸線を歩いた。10mを超す津波が押し寄せるなんて想像もできない。地震発生から1時間半前後で襲ってきた。その間の行動が生死を左右した。
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日課となった般若心経、岩手県出身の宮沢賢治の「雨にも負けず・・・」。視察から帰って来てからは犠牲者や避難生活をしている人、日々を様々な不安のなかで生きている人々への思いを込めて読経する日々である。
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庭にはつつじが満開である。平凡な日々に感謝するとともに「困ったときはお互い様」。やはり被災地への支援を続けて行こうと思う
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4月26日(水)
『シャクナゲ・花言葉=威厳』






今頃は丘の畑に桃の実が赤くなるころ 遠い日の夢の数々 ぼくは知りたい きみのふるさと ふるさとの はなしをしよう「ふるさとのはなしをしよう」(北原謙二)


佐賀県議会・佐賀県知事が玄海原発の再稼働を容認した。長崎県知事が追認した。なんということだろう。この人たちにフクシマ原発事故被災地の現状を突きつけてやりたい。「決定する前に浪江町や富岡町や飯館村などどれだけ多くの人が過酷な運命を強いられているのか見てきてほしい・・・」と。

「今、停電している所がありますか?知事さん」。原発なしで電気は足りてるのだ。原発を再稼働させたい唯一の理由は「お金儲け」である。電力会社の経営が楽になる。原発立地自治体(玄海町など)が潤う。つまり、お金と人類の存亡を天秤にかけているのだ。本当に許せないと思う。被災地を直視せよ。補償も次々と打ち切られ、縮小されて泣き泣き帰還することも強いられている人々も多くいる。
僕は、行政はじめ関係者の責任者に「遡及責任」を課すべきだと思っている。なにかあったときに「あの時の責任者は誰だ」。

少し、ヒートオーバーしているが、でも、この現実を見てほしい。福島はこうなっている。
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一方、玄海原発の現状はこうなっている。
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原発再稼働への態度は①玄海町は全面賛成②唐津市は条件付き賛成、それに比べて③伊万里市・松浦市・平戸市・壱岐市は再稼働反対なのである。
玄海町の予算は72億円のうち42億円が交付金など原発関連予算。原発で潤っている企業もある。原発なしでは予算が組めなくなっている。佐賀県にも数十億円の原発関連予算が交付されていると聞く。
再度いう「目先の金銭と人類の未来とどっちが大切か」。更に、これだけ県内近隣自治体も反対し、しかも放射能被害を体験してきた長崎県の知事の態度には失望した。『原発再稼働絶対反対。人類の未来のために』。

★★★政府はこんなことまでして再稼働を後押ししている。本当に許せない。
原発1基再稼働で5億円の交付金
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4月25日(火)
『ヤマブキ・花言葉=気品』

夜空の 向こうの 朝の気配に わたしは 懐かしい あの日々を思い出す 傷ついて 傷つけて 報われず泣いたりして 今はただ 愛おしい あの日々を思い出す 誰かの想いが見える 誰かと結ばれてる 誰かの未来が見える 悲しみの向こう側に 花は 花は 花は咲く いつか生まれる君に 花は 花は 花は咲く わたしは何を残しただろう

今、こうやって我が家で般若心経を読経し「雨にも負けず・・・」を手話付きで読経していると、4日間、現地福島で唱えた般若心経と「雨にも負けず」は鎮魂歌だったような気がする。6年前2011年3月11日を脳裏に浮かべながら「安らかにお眠りください」と心で叫んでいた。そして、力強く復興への歩みを続ける地元の人々にエールを送った4日間の視察研修だった。写真付きで振り返ってみた。
★★★『衝撃の浪江町』
南相馬市にある原ノ町駅から浪江町駅には電車が再開したばかりだった。浪江町が避難解除になったからである。
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浪江駅に降り立った。駅前の風景は衝撃的なものだった。
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こんな看板が立ち並んでいて復興への決意が感じられた。駅前には放射線測定器が設置されていた。年間線量で2.5ミリシーベルトくらいだろうか、国際基準ほ1ミリシーベルトだ。避難解除の基準は年間20ミリシーベルト。日本では全国と福島とはダブルスタンダードになっているということだ。

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人っこ一人いない街並みを散策してみることにした。「盗難防止」の看板が空しい。自転車は1台もない。
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「がんばろう浪江町」という看板を見かけた。町役場も4月22日から戻ってくるとのことだが、6年間浪江町全体が「空き家」=「空き自治体」だったら復興も並大抵ではないと思った。
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そんな看板のすぐ隣にはこんな立て看板がある。「帰還困難区域」と背中合わせなのである。放射線量が高くてバイクや自転車は通行できない。
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かつての街並みはこんなだったのだろう。けれども現在は・・・。
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★★ホームページには3月現在の浪江町の人口はゼロ。浪江町民は現在、県内避難が14418人、県外避難が6271人、長崎県にも12人が避難して居られる。果たしてどれくらいの町民が帰還されるのだろうか?。放射能と向き合うということができるのだろうか?、年間20ミリシーベルトという放射線量を許容して大丈夫なんだろうか?。そもそも、何故、浪江町の人々がここまで苦しまなければならないのか?・・・。街は春のうららかな日和で晴天。大きく息を吸い込むととても心地よかった。でも「見えない恐怖」があるのだ。
改めて、放射能と人類については、この程度の人間の技術力では原子力はコントロールできないと思った。人間の驕り高ぶりに警鐘を鳴らすために牙をむいて放射能が襲い掛かってきていると思った。


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4月24日(月)
🌟今回の視察、研修はボランティア仲間たちに支えられた。
というのも、昨日の日曜日はYYこども食堂で餅つき大会。ただ安心安全なスローフードの食材を提供するだけでなく、地域に残る伝統的食文化の継承にも力を注いでいる。そんな熱い大人達の想いが結集して春の節句のヨモギ餅を杵でつくことになったのだ。大変な労力と安全面、健康面に配慮が必要だったので、やはり心配だった。取り越し苦労だった。無事終了の連絡にホッとする。同時に、ヨモギ餅、故郷の大村では、ふつ(蓬)餅といってお袋さんが作ってくれたが、食べたかった。それと、杵餅で欠かせないのが、ゆとり餅。やはり食べたかった。
もうひとつ。今日は「月曜の声」。チラシや幟旗など七つ道具は準備したけど肝心の主役が居ない。迷惑をかけるのだが、環境や原発問題は僕のライフワークでもあり、見聞を広めることも必要だった。
迷惑かけた分は、これからの議員活動でお返ししたい。

🌠そんなわけで、3日目も東奔西走の1日だった。
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4月23日(日)

ホームページを覗く。人口0人。浪江町である。全町避難が続いていたが今年4月1日避難が解除された。そんな浪江町の現状を視察した。
南相馬市にある原ノ町駅から電車で4つ目の駅である。7時54分の電車に乗ると8時14分には到着した。諫早から大村までの距離くらいだろうか?。乗るときは高校生で満員。三つ目の駅で降りてしまうと貸し切り状態で僕一人であった。

避難解除になったばかりの浪江町駅。驚いてしまう。人っこ一人いない、まるでゴーストタウンだった。
駅に降り立つと駅前に設置されている放射能測定器をチェック。0.289。諫早では0.13。
福島県の避難解除の目安は年間20ミリシーベルト。一般的基準は年間1ミリシーベルトである。それだけ基準を緩和しないと帰れないと言うことだ。

浪江町民は現在、県内避難が14418人、県外避難が6271人、長崎県にも12人が避難して居られる。果たしてどれくらいの町民が帰還されるのだろうか?。

2時間ほど散策することにした。町内を回送するデマンドタクシーが駅前に待機しているが乗る人は居ない。持参した放射能チェッカーで、再三再四チェックしながら歩く。バラツキがあるが0.3~0.5位であった。この数値×24時間×365日➗1000が年間浴びわる放射能である。もちろん年間1ミリシーベルトには収まらない。

6年間も住まないと家は相当に痛む。家はあるのに住めない住民の苦悩が脳裏を過る。とても住める状態ではない。放射能被害の怖さである。歩いていて、匂いがするわけでもないし、音も形も何もない。諫早と何ら変わるところはない。ただ、空気が放射能に汚染されているだけである。

4km~5km位歩くと「帰還困難区域」の立て札があった。すぐ近くの道路標識には、ここから先はバイクや自転車などは通行禁止、つまり、20ミリシーベルトを越えるので車しか通行できないと言うことだろう。
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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