日曜日の「防災講演会」(市民センター)で紹介した宮城県平沼市で開催された植樹祭(今年5月30日)で植樹した僕たちのどんぐりである。2年半、わが子を育てるように育ててきた。
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この木が、20年後には20mの大木となって被災地の津波対策として役立つ。そんな壮大な事業を「諫早でどんぐりを育てて被災地を支援しよう」という会を立ち上げて、これまで取り組んできた。僕は事務局長として関わってきた。この木は、おそらく50年~100年以上も生き続けることだろう。ということは僕と連れ合いさん→子どもたち→孫たち→曾孫→玄孫(やしゃご/げんそん)→ 来孫(らいそん)→ 昆孫(こんそん)→ 仍孫(じょうそん)→ 雲孫(うんそん)と気の遠くなるような子々孫々まで生き続けるのだろうと思う。
そして、「千年希望が丘」はこんな立派な森の防潮堤になる。なんと、夢と希望を乗せて被災地と諫早と我が家を結ぶ絆なのだろうと思う。こんな素晴らしい事業に関われて本当に幸せである。
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そんな思いと裏腹に安倍内閣によって進められる戦争できる国づくりや原発災害。こんなものは、子や孫たちに引き継ぐわけにはいかない。本当に寒い一日だったけど、「9条Tシャツ」と社民党腕章というスタイルでアーケードに繰り出した。
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【防災講演会】
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「防災講演会」(防災士会主催)が市民センターで開催されたので参加した。
宮城県山元町という福島県との県境にある街の中学校元教諭が「避難所運営の在り方」について講演した。人口16,717人という小さな町を襲った大津波。マグニチュード9.0、津波の高さは20mにもなったという。635人が犠牲、その瞬間が映像でも紹介された。
冒頭、最初の巨大地震では死者は居なかった。直後、遠浅の海岸線が2.5m程の引き潮があった。この時、巨大津波の前兆と気付けばよかったのだが、1年前の「チリ沖地震」では50センチ、36年前の宮城沖地震でも津波がたいしたことなかった。そんなこともあって、こんなに巨大な津波が押し寄せることは誰にも予期することはできなかった。地震発生から巨大津波が押し寄せるまでの間の50分間に、このような知識が共有されていれば、「大半の犠牲者は防げたであろう」という話が印象的だった。

大災害が発生し、山下中学校が避難所となり、そこでの避難所運営についての講演であった。震災直後から約半年間の避難所の模様が語られた。山下中学校の生徒も、在校生239名中、4名が犠牲になった。現在なお、38名が仮設住宅から、11名が町外から登校しているという。4年8ケ月経って、まだ日常生活が取り戻せないという現実を突きつけられて同情というか、復興の遅れに心が痛む。
宮城県の3月の気温最高・6.2度、最低・2.5度、こんな寒空の中での避難生活を想う。

最後に1冊の本を紹介していただいた。「地震イツモノート」である。東日本大震災を体験してとの題で、
~地震とともに生きてきた国、そしてこれからも地震とつきあいいながら生きていく国。それが日本です。地震が起きる可能性。それは「もしも」ではなく「いつも」あるのです。ただのアンラッキー、来てほしくないと考えるのではなく、私たちの生活の一部として考えること。「モシモ型防災」から「イツモ型防災」へ。

避難所運営を通して共同生活の中で、少しづつ日常生活を取り戻していく様。ボランティアの受け入れ、タイムリーな支援の在り方など示唆に富んだ講演であった。
僕も謝辞を述べながら、僕自身が大震災とどのようにかかわってきたのか、宮城県気仙沼市階上(はしかみ)小学校の生徒のホストファミリーを務めたこと。仙台市から取り寄せたどんぐりを諫早市民1,000名とともに、2年半育苗して今年5月30日宮城県岩沼市で開催された「全国植樹祭」で植樹したこと、それは1957年(昭和32年)の諫早大水害で支援してくださった全国の皆さんへのせめてもの恩返しのつもりであったことを紹介しながら、①避難所での防災士の役割 ②受援力について質問させていただいた。
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お接待とお節介

2015年11月29日(日)
弘法大師・空海地蔵さんが鎮座する集落の森の清掃と参拝を終えて1日をスタートした。掃き清められた鎮守の森の「グリーン絨毯」(苔)がとても綺麗だった(掃き清めるのは僕の日課)。般若心経を読経して市議会傍聴案内を配って回る。
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「あんたがケガせんごと・・・」。安否確認を含めて訪れた一人暮らしの高齢者。もうすぐ90歳とのこと。「デイケアでテレビでも見てね。僕がテレビに出るけん」とチラシを渡すと「俳優さんになったとなっ?」・・・と。冗談が大好きなご婦人である。帰りかけると、たった今、出来上がったという焼き芋をお接待していただいた。とにかく、寒かったのでありがたかった。こんな心づかいが身も心もホッカホカにしてくれる。さっそく頬張ると、「あんたがケガせんごと・・・」とのこと。これは、弘法大師文化につながる発想。つまり、何か物を差し上げるときは、同時に、その人の想いも届けるということだ。本野地域は「お弘法さん文化」がしっかりと根付いている。
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人の心の温かさが身に染みる。天気が寒空だけになおさらである。
こちらは、一人暮らしの男性高齢者。「乗り合いタクシーに重宝しとります」と、公共交通機関がなかったこの地域に乗り合いタクシー制度を導入したことに感謝された。「やしゃ~(野菜)は持っとるのっ?」。白菜と大根をいただいて、自転車に積み込む。重たくてハンドルがふらふらしながら市議会傍聴案内を配り続けた。100軒の戸別訪問を終えて仕事場へと向かう。
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僕が視察した福島県南相馬市。震災前の人口が71,561人。現在が55,166人である。南相馬市も合併で誕生した市だが、中心市街地の原町は境界線、でも双葉町に近い小高区はなんとも・・・。居住者=0名である。あまりにも悲惨すぎて声にならない。
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福島原発は富岡町にある。であるから、事故時に、どういう風向きかで飯館村のように相当離れていても大被害を被ることになる。僕は専門家ではないが、電力にかかわる仕事をしていたので一般市民より放射能の恐怖は人一倍敏感である。川内原発の原子炉の直近まで行って視察した経験がある。放射能対策は「封じ込める」完封するしか安全対策はない。にもかかわらず、福島は圧力容器も格納容器も突破した溶融した核燃料がいわば野放しになって大気中に、地中に海洋に放射能を垂れ流し続けている。原発事故も大問題であったが、それ以上に事故が4年8ケ月経っても収束していないのが脅威なのである。

諫早市議会12月定例会が昨日開会した。市長の総括提案と議案毎に担当部長が提案理由を説明して午前中で終了した。12月16日の最終日まで論戦が戦わされる。
僕の一般質問は12月3日(木)15時~、委員会は総務委員会で付託された案件の質疑に関わる。
午前中に終わったので、市議会傍聴案内チラシを地元に戸別訪問することにした。約100軒。とにかく寒い。家の中に閉じこもっておられるのか数人とお会いした程度。畑仕事をされていた知人から「生姜ば持って行かんね」と掘りたての生姜をいただく。まるでチラシと物々交換みたいとお互いに言葉を交わす。
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どうもハンドルの具合がおかしい。ストップさせて点検すると前輪のタイヤがパンクしていた。寒風をついて社民党の仲間と街頭にチラシ配布に出かけている最中の午後の出来事であった。10万円で譲り受けたポンコツ車なのでスペアタイヤやジャッキなどの操作方法もわからず、慌てて行きつけのガソリンスタンドに出張修理してもらって事なきを得る。

そうかと思えば、今日もまた「ボランティア志願します」と僕の活動に対してお手伝いの申し出があった。嬉しい限りである。
現在は、チラシや新聞配達などのボランティアを募集しているが、室内でも、例えば封書の宛名書きなどもある。
これまで7年近く議員活動を続けているが、こんなことはかつてなかった。僕の活動が評価されたというより、むしろ、安倍政権への危機感から居ても立っても居られず志願してもらっているような気がする。僕も、皆さん方の期待を一身に背負って、皆さんとともに闘う決意を更に打ち固めている。
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僕の生活スタイル・活動スタイルは、公職の遂行を中心に、ほぼ固定化している。年4回の定例市議会単位なので1年4サイクルということになる。こんなパターンである。
①市議会一般質問通告(一般質問はするかしないかは自由である)→②市議会傍聴案内を配布→③一般質問→④「自転車議員が駆ける」発行・配布→⑤街頭宣伝・新聞配達。この一連の作業におおよそ2ケ月。昨日は「傍聴案内」の発行・発送準備作業に追われた。早く処理していないと「月曜の声」(毎週街頭演説・チラシ配布)の準備などが間に合わなくなってしまうのである。
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そうは言いながらも、他のスケジュールも次々と・・・。お呼びがかかるということは、議員冥利に尽きる。午前中は「第12回高齢者問題連絡会議」の定期総会にご案内をいただいたので出席し、ご挨拶をさせていただいた。この時期、5分程度に挨拶をまとめ上げるのは至難の業、やはり10分くらいかかってしまった。それでも、熱心に聴いていただいているので「戦争法案」と「原発再稼働」を訴えさせていただいた。総会を最後まで傍聴したら、弁当まで一緒にいただいて会場を後にした。
一般質問傍聴案内に目処をつけると、夜の会議に少し時間があったのでギャンブル場を視察した。
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午前中、議会運営委員会が開催されて12月議会の日程と一般質問の抽選が行われた。
議会日程は11月27日~12月16日と決定した。注目の一般質問は19人が質問通告。もちろん僕も連続27回目の質問通告を行った。抽選の結果質問日は12月3日15時頃からと決定した。
今回は市役所非常勤として1年契約なのに16年間も非常勤のまま勤務している手話通訳の問題を取り上げる。専門的な知識・技術が必要なのに毎年1年契約を結ぶ。16年間働き続けている手話通訳者がいる。正規職員との格差や聴覚障害者支援の在り方を追求する。他には成年後見人制度、暗礁に乗りかかっている新幹線問題、図書館の在り方、「立てこもり事件」など市職員を対象とした行政暴力について質問する予定である。明日から傍聴案内を配達して回る。
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午後からは久しぶりにマッサージにでかけた。開口一番行きつけのマッサージ師さん「どがんしたとですか?」、なしですか?と聞くと身体が固くなっていて指が入らないとおっしゃる。「余程無理して働いたとでしょ?」とおっしゃるから、①11月は6泊7日の出張があったこと ②特に東北行は片道11時間の列車の旅だったこと ③見ず知らずの土地で田舎者なので右往左往したこと ④放射能が心配だったことなどを話すと「道理で・・・」と納得してもらう。
手加減無用と言っているので、思いっきり揉んでもらう、ひーひー言いながら我慢する。終わったときは身体が半分くらいに軽くなった気分。マッサージが終わると「市議会傍聴案内」を作成・印刷する。
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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