連日、新聞配達が続く。議会毎(3ケ月1回)に発行し続けてきて7年目を迎えた。痛風というアクシデントで今回から日中の暑さは避けて日の出前を有効活用しようと朝6時から2時間程度配るように変えた。配達日数は倍近くかかるが意外と快調である。だけでなく思わぬ効果もある。「朝早ようから、きばいよらす」と噂に・・・。それと、田舎は起きるのが早いから玄関先で、仕事の段取りをしている人が多い。昨日も、「この調子だと150軒くらい配れそう」と思った矢先、元諫早市連合婦人会会長さんの御宅の玄関先で鉢合わせ。
何と、30分間近く話し込む。というか、素晴らしいお話を聞かせていただいた。演題は「徳を積む」。

諫早市連合婦人会に古くから伝わる逸話であった。
終戦(1945年・昭和20年)後に旧満州(中国東北部)から引き揚げてきたある家族が、郷里に帰る途中の諫早駅で地元の女性からにぎり飯1個とカニ1匹をもらった。米飯は貴重であまり食べられなかった時代である。あまりの美味しさであったが、もったいなくて半分は包んでリュックにしまったという。郷里の水俣に帰ってからも、おにぎりの味が忘れられず感謝の日々を送られた。亡くなるときも「あのおにぎりの味は忘れられません」と感謝しつつ亡くなられたとのこと。そんな話を聞いていた娘さん。なんとか恩返しをしたいと、あまり裕福ではなかったけれどもコツコツとお金を貯めて、50年後に100万円を諫早市連合婦人会に寄付したという。徳を積むということは思わぬ恩返しを受けることもある。つまり「情けは人のために非ず」。その寄付された100万円で諫早市高齢者施設・上山荘の緞帳を購入されたとのこと。

僕は、このお話を聞きながら、日本も戦後70年間、徳を積んできたのではないかと思った。自ら犯した過ちの反省の上に立って「徳」つまり世界に向かって社会的貢献をしてきた。今、読んでいる本の中にもそれらしきことが書いてあった。
「日本人への遺言」という中曽根内閣で官房長官を務めた後藤田正晴氏が次のような文書を残している。

~戦後60年の間ですね、日本のこの自衛隊によってですね、他国の人間を殺したことないんですよ。それからまた他国の軍隊によって日本人が殺されたこともない。先進国でこんな国はね日本だけですよ。これは本当にね、誇るべきことだと思う。まさに平和主義のいいとこなんですよ。これだけはやはりね、頭の中において政治の運営をやってもらいたい~

日本人が世界に徳を積んだ。その結果として各国から、とても愛される国民になった。
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昨日は朝から社会新報(社民党新聞)を市役所に配ってから、Nさんとのモーニングコーヒータイム。それから、「自転車議員が駆ける」(僕の議会報告)を配る。配達地域は限界集落。集落にたった4軒しかない所、昔の開拓団など30軒を2時間かけてマイカーで配った。午後は予定があったのでバタバタして配る。でも、田舎に行けばいくほど人の心は温かく感じる。「わざわざこんな所まで来てくださって・・・」と農作業中の手を休めて、麦わら帽子をわざわざ脱いで挨拶してくださる。あちこちでそういう光景だった。80歳前後の地元の皆さんたちだった。最近、ひとりひとりが大切にされなければと思うときがある。全体で物事を考えるのではなく。限界集落に来ると特にそう思う。どんな小さなことでも、たった一人のことであっても親身になって解決する政治家としての姿勢の原点を確認する新聞配達だった。
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シャワー浴びて出勤。あまりにも空腹感があったので1日1食主義を放棄。図書館カフェ・オッコベーグルで食事。展示ホールでは被爆70周年に向けて朗読劇のリハーサルが行われていた。食事が食事にならないというか知り合いとは遭遇する。電話はかかる。
「食事中くらい電話しないでよ・・・」と思うが、それは、お互い様のところがあるので仕方ない。そんなこんなしていると集合時間の13時15分ちょっと前。大急ぎで市役所ロビーへ。障害福祉課長と話し合いが予定されていた。
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障害者の性について昨日ブログに書いた。「車輪の一歩」と題して、さっそく投書をいただいた。
~1979年に放送されたNHKテレビドラマ『男たちの旅路』の一編です。脚本は山田太一さん。あらすじは次のとおり。~
~車いす生活の若い独身男性。母親から「たまには行ってお出でよ」と小遣いを貰い、ソープランドに出向く。ところが、店は2階にあるために入店を断られ、目的を達することが出来ずやむなく帰宅。 母親に「どうだった、楽しかったかい」と聞かれ、男性は無駄足に終わったことを隠し、「うん、良かったよ」と答える。 悲しくて、恥ずかしくて、悔しくて、惨めで、泣き笑いの何とも言えない複雑な表情を演じてくれた俳優の斉藤洋介さん。今でもまざまざと、そのシーンがよみがえります。~

悩みは深刻でけっしてタブー視してはいけないと思う。「経験したものでなければ当事者の気持ちは理解できない」とよく言われる。車いすの生活、心の病、生活困窮すべてそうだろうと思う。僕は小学校3年生頃の赤貧、生活保護受給の体験が障害者福祉をライフワークとする原点になっている。経験というか体験が同じ境遇の人々と接するときに、スムーズに入っていける。痛風で苦しんで身体障害者の気持ちが少し理解できた。僕の周りの障害者は、ほぼ独身。彼らの悩みに寄り添うとき、なかなか口に出しては言えない問題だけど、けっしてタブー視することなく「男同士」の付き合いをしてあげたいと思う。

昨日も朝4時起床。朝のお勤め(コップ5杯の水を飲み、般若心経読経、雨にも負けず・・・を手話付きで読経、ブログの更新など)を終えて6時から新聞配達にでかけた。雨模様だったのでマイカーで配達。8時まで100軒を配る。心配しながらの新聞配達。痛風の再発についてである。幸い、これまでのところ、運動不足もあって筋肉痛はあるが、問題はない。「歩ける幸せ」をかみしめながらの日々を送っている。
この時期の新聞配達は汗をかく。いったん帰ってきてシャワーを浴びて出勤する。障害者福祉施設のNPO法人HOTHOTBOXの理事長業務を午前中。デスクワークである。
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40分間の街頭演説を行った。
恒例となった「月曜の声」。6月から始めて今回9回目である。訴える内容も、できるだけリアルに、そして戦争体験者の話や各界各層のみなさんの聞き取りをした結果を織り込んで演説の構成を考える。
今回は昨日から参議院で審議入りしたことや公明党支持者に戦争法案反対という変化が感じられること、「世紀の遺書」という本で紹介されている、70年前の大戦でB・C級戦犯(戦争犯罪者)として死刑判決を受け処刑された諫早の長崎刑務所から、インドネシア・グロドック刑務所の刑務官としての任務に就いた人の遺書を紹介したりした。
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道行く人々の反応が演説を始めた6月初旬から比べると随分変化してきていることを肌で感じる。僕が勝手に名づけた「週刊・月曜の声」という自家製のチラシも200枚用意するけれど、ほぼ拒否する人が居なくて「完売」である。
立ち止まって聞いてくれる人、拍手をしてくれる人、道行く市井の人々の様々な反応を直に感じた。僕自身も、色々と勉強させていただいている。僕のスタイルであるのだけれども演説は原稿は用意するが、原稿を読むことはしない。できるだけ頭の中に叩き込んで訴える。その方が、訴える力が倍増するからである。

 昨日から、新しい横断幕に変えた(障害者施設の印刷部門に発注)。道行く人も眺めながらチラシを受け取ってくださる。節約するために紙で横断幕を作る。破れたらいけないので、裏にガムテープを貼り付ける。チラシの作成から、横断幕の準備、ノボリ旗、ハンドマイクなどの準備など「一人三役」をこなす。「仙人さん、ハンドマイクは預かっていいよ」とモーニングコーヒー仲間のNさんが自宅で預かってくださるようになった。
僕の写真入りのチラシを独自に作成して配ってくれている女史、葉書に印刷してあちこち配っている人。「仙人さん 僕の仲間たちの間で評判になってますよ」と激励してくださった元教師。こんなに支援の輪が広がっている。「やって良かった」と思う。まだまだ闘いは続く。廃案に追い込むまで頑張らねば・・・。


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脚がパンパン。ふくらはぎ付近が特に。
昨日も台風襲来前に新聞配達をしておこうと6時からでかけた。3時間半かかって150軒配る。さすがに自転車は突風が怖かったのでマイカーで出かけた。100軒くらいまでは順調に配り終え、とある御宅の玄関先のポストに新聞を入れようとしたら、ちょうど、ご主人が居られた。知り合いの方であったが、汗だくの僕を見て、「とにかく一休みしていってください」と冷たい飲み物と果物を用意してくださった。

「困った世の中になったものです」と語り始められた。耳を傾けること1時間近く。大変貴重なお話をいただいた。とりわけ「田添議員さん、これ、見たことありますか」と1枚のコピーを手渡された。「世紀の遺書」と言う本からのコピーとのこと。この本は、第二次世界大戦敗戦後に戦犯として刑死および獄死した人々の遺書を編纂した遺稿集である。そのコピーには諫早にある長崎刑務所から応召されてインドネシア・グロドック刑務所の刑務官としての任務に就き、戦後、戦犯として処刑された方の遺書だった。

戦争犯罪については、「A級戦犯」がよく取り上げられる。戦争の首謀者で侵略戦争の遂行によって平和に対する罪を犯した、当時の軍部や政府など責任者。極東国際軍事裁判所(東京裁判)において「平和に対する罪」に違反した戦争犯罪者のこと。広田弘毅など7名が処刑された。..
「世紀の遺書」には、いわゆる「B・C級戦犯」と言われる現場の指揮官が1,000近く処刑されているが、その方々の遺書がつづられているという。コピーは、昭和23年にグロドック刑務所で処刑された諫早出身の44歳の刑務官の遺書だった。
「戦争は絶対悪です。得するものなんていない」「この地球上から戦争をなくそうという日本国憲法の理念は日本人の誇りであり変えてはならないと思います」と語られた。1945年は小学校入学前だったとのこと。
「覚悟」と題した遺書には、家族のことや無念さが綴られていた。戦争絶対悪。安倍総理大臣に伝えたい言葉であった。.
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諫早市民にとって、7月25日は慰霊の日である。1957年(昭和32年)諫早大水害によって、市内中心部を流れる本明川が氾濫し、630名の尊い命が犠牲になった。
朝10時からは、本明川の源流に当たる富川渓谷で本野地区社会福祉協議会主催による「源流祭」=「諌早大水害・戦没者合同追悼慰霊祭」が行なわれた。
久しぶりに富川渓谷の入り口に立つと「諌江八十八ヵ所8番札所」の標柱が出迎えてくれた。例年に比べて水量が多い。親子連れが川遊びに何組が来ておられる。式典まで少し時間があったので散策することにした。

諫江八十八ヶ所は諫早第11代領主茂図(しげつぐ)公の菩提を弔い、領内安穏、子孫繁栄を祈って文政8年四国八十八ヶ所に習って諫早領内に88体の弘法大師像を設置された。魚荘前の1番札所から破籠井~本明~本野を経由して富川渓谷が8番札所=熊谷寺である。本堂の脇に木造の弘法大師の仏像があった。参拝、やはり本場の四国遍路8番札所を思い起こした。
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本堂のすぐ近くには戦没者慰霊碑があり、明治の西南戦争にかり出された方々から第二次大戦までの戦没者を慰霊されている。更に、此処は五百羅漢という磨崖仏でも有名である。五百羅漢は、元禄12年(1699)本明川が大洪水を起こし、死者487名をだし、さらに翌年13年は、大旱害で田畑は荒廃し、領民の疲労、困窮は極限に達した。このため領主茂諫早晴公(第7代)は心痛し、水源の地富川渓谷の岩壁に領内の息災と天下の泰平を祈願し、また、水難者の供養のため五百羅漢を刻み込んだと伝えられている。
式典が始まった。大雄寺は今は無人で檀家もいない。市内から住職が来られて読経した。本野小学校6年生が供養と平和への誓いを述べた。式典が終ると昼食が振舞われた。ソーメン流しに舌鼓を打った。とにかく美味しかった。後片付けを手伝って退散。
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がんばらない   工夫

2015年07月24日(金)
脱原発デモが終わって食料を仕入れて、いったん我が家に帰って、それから秋ののんのこ祭り浮立の稽古に行く。帰ってきてシャワーを浴びて夕食を食べて22時30分。さて、そろそろ寝るとするか。今日から3日間独りぼっち。連れ合いさんは国家試験取得準備のためのスクーリングにでかけた。気楽と言えば気楽なのだが・・・。

今朝も朝5時30分から新聞配達にでかけた。8時まで150軒を配る。前回までの配達軒数の1/2のペースだが、「夏場はこれに限る」みたいな、いわば怪我の功名である。つまり日差しを避けて日の出前に一仕事というわけである。痛風のおかげで発見できた。
それでも、汗びっしょり。8時30分に帰ってきてシャワーを浴びて「いざっ出陣」と思ったが、そうはいかない。洗濯と掃除という家事労働が待っていた。こんな時は1日1食主義は食事を準備しなくていいので重宝である。

今日の予定は10時から議会報発行特別委員会。午後からは、新聞「自転車議員が駆ける」の遠方の方への郵送準備、「月曜の声」=街頭演説会のチラシ作成・印刷、GA(ギャンブル依存症の会)から講演依頼、手話関係の打ち合わせ、プレミア付き商品券についての市民相談など、相変わらず仕事を追っかけているのか仕事から追っかけられているのかあわただしい1日だった。
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朝6時から新聞配達に出かけた。8時まで2時間、約1万歩を歩いた。
痛風からら快復後初めて2時間という長時間を歩いたことになる。汗びっしょりかいて一旦、我が家に帰りシャワー浴びて着替えて出勤した。一抹の心の不安はあったけれど、なんとか順調に回復してきていることに安堵する。

10時~12時=「手話レッスン講座」 12時~12時30分=NPO法人HOTHOTBOX理事会(7月27日)の資料作成 12時30分~13時=Aさんと将棋対局 13時~13時45分=精神障害者当事者会総会に出席。14時=市役所で市民相談 15時印刷会社と打ち合わせ 夕方疲れ果てて仮眠 20時~21時集落全員集会 

こんな公私入り乱れての1日を過ごす。大体、こんな日々が多い。 
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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