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12月市議会報告を新年の挨拶を兼ねて作成した。
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巻頭言は「人生、不遇続きの中でも、くじけることなく、何か心掛けていれば、いつか、一直線に駆け抜ける日が来る」(城山三郎著《この日、この空、この私》より)を引用させていただいた。
昨年58冊の本を読んだ。読書する時は静寂な雰囲気が多いのだが、気分は、吉田拓郎さんのデビュー曲♪今日まで、そして明日から♪なのである。

私は今日まで生きてきました。
 時にはだれかの力を借りて
  時にはだれかに裏切られて
   私は今日まで生きてきました。
    明日からも、そうして、生きていくだろうと

要するにその時々の一瞬は全力投球であるが、過ぎ去ってしまえば、色んな事があって、でも、そんなことにくよくよしたってしょうがない。平凡だが、これまでと同じように、また、生きて行くことにしようと思える曲である。
さて、それはそれとして今年の目標はと聞かれれば、ベースは「我が人生の時刻表」に則って一歩一歩前へ進むだけであるのだが、宮沢賢治風に言えば「1日10kmを歩き、一週間に一冊の本を読み、将棋教室・自然学校や障害者福祉等のボランティア活動を取り組み、市井の声に耳を傾け、相談事あれば自転車で駆けつけ、常日頃からエコに心がけ、たまには、自転車の燃料代わりに缶ビール(発泡酒)を飲み、市民の方々から信頼される人間になりたい・・・」。
聞くところによると佐世保~島原間105kmウオークラリーは今年38目で最終回になるという。さっそく、歩くことから新しい年が始まる。歩きながら考える。こんなスタイルが一番気に入っている。今年も出場したいと思っている。
今年は、諫早湾干拓問題も正念場を迎える。論語に「過ちて、則ち、改むるのに、憚ることなかれ」というのがある。常に、振り返る、引き返す勇気が必要であり、間違っていれば反省すべきなのである。
そんなこんな風な感じで今年もせっせとブログの更新と自転車に乗って歩き続けたい。
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物音一つしない朝を迎えた。しーん、しーんとする形容がピッタシの朝だった。6時に目が覚めた。とにかく寒い。電気カーペットにスイッチを入れて読書としゃれこむ。1時間程度してから「あっ!今日は大掃除の日だ」と思い出して、あわてて表に飛び出した。大掃除といっても集落の守護神(お弘法さんと観音さん)の掃除で、1年間の無事に感謝して大晦日の日に集落総出で行われる。ところが、以下の通りの大雪で、とても今日は皆さん集まっていないだろうと思って行くのを躊躇したが、念のために行ってみるか!と思い立ち、行ってみると2人の方が見えていた。近年にない大雪に専ら話題は雪である。掃除が終ってから多良岳に登山でもしようかと思っていると語ると「仙人さん!もうそがん若くなかとやけん、そいと、あんたは、みんなのこつば考えんば立場やけん、無理せんごつ」と諭されて一件落着。
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帰ってくると、友人から電話があり、NHKテレビで99歳の詩人・柴田トヨさんの放送があるから見れとのこと。
彼女の処女詩集「くじけないで」が爆発的人気を受けているという。歌とか詩が生きる力をこれほど与えてくれるのかという想いを最近強く感じる。♪トイレの神様♪のモデルとなった、おばあちゃんと二重写しになってテレビを見た。以前、小生のブログでも紹介したが、本当に素直で分かり易く、それでいて強烈に人々に生きる勇気を与えてくれる。仕事・生活や健康問題などで悩み苦しむ逆境の中で、柴田トヨさんの詩は全国各地で読まれ続けている。詩集がベストセラーになることは珍しいとのこと。小生の記憶でも「サラダ記念日」(俵万智)以来のように思う。「この味良いねと君が言ったから、7月16日はサラダ記念日」という歌集だったと思うが印象に残っている。それにしても99歳で処女詩集とはすごい。それだけでも生きる勇気をもらえるのに、詩の温かさは胸にしみる。まさに年輪が作り出す芸術である。テレビの中でも紹介されていたが、病院の先生に対して「今日は何曜日?とか9×9はいくら?とか聞かないで。・・・小泉内閣についてどう思うか。聞いてほしい」という詩には思わず、唸ってしまう。また、「風が、こちら(あの世)に来んねというから、まだまだし残したことがあるから、もうしばらくこちらに居ますと言ったら、風はスッーと通り抜けていった」などユーモラスな詩も掲載されている。
最近、本当に本当に先人の知恵に敬服する日が続いている。昨日、お悔やみに行ったお宅でも、給食費の問題や社会の有り様について、先祖の尊い教訓が現在に引き継がれていない、もどかしさを感じると話し合った。
1年を振り返ってみても、わが子を虐待したり、わが親が行方知れずになったり殺伐とした世相が特筆すべき現象としてあった。たしかに格差社会など弱肉強食、競争至上主義など経済的に追い詰められている人々が急増していることが主たる要因だと思うが、それと同時に古き良き日本古来の伝統である人の心も荒んできたように思う。
【追伸】
凍てついた身体を暖めようとしたが、なかなか、元に戻らない。え~いままよ!と昨晩の残り湯に注ぎ足して朝風呂としゃれこむ。こんなことは大晦日の特権である。そしたら、窓越しに小鳥が止まっているのが見えた。
愛犬や小鳥達にとっては恵みの雪であったことにはちがいない。どちらも嬉しそうに、はしゃいでいるように見えた。鼻歌でも唸ろうかと思っていたら「お父さん!なんばしよってね。片付けは終っとらんよ」と連れ合いの一言で、あわてて、風呂からあがった。
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先日、ラジオで♪トイレの神様♪が流れていた。曲を聴いたのは2回目であったが、やはり感動的であり、現代社会において教訓となるべきことが多く含まれているように思う。先達というか先人というか、とにかく諸先輩の教えをきちんと受け継いでいかねばと思う。小生もそろそろ後輩達に色々と、さとす年令に近づいたのには違いないが、とてもとても、日々、浅学菲才で反省の連続である。今日はこんなことがあった。我が集落には20軒が肩を寄せ合って生活をしているが、内、2軒は1人暮らしである。今日も朝の散歩のついでに立ち寄ってみた。息子さんが孫を連れて遊びに見えていた。小生とおばあちゃんと井戸端会議が始まった。庭は先日の大荒れの天気で散らかっていた。見かねた息子さんが庭掃除をしだした。おばあちゃんが息子さんを怒った。なんで、怒ったのか分からないでいると「お客さんが来た時、掃除をするもんじゃなか。早よ、帰れと言うことばい」・・・と。またひとつ、おばあちゃんから教えていただいた。此処の家に来る前に「お弘法さん=空海さん」にお参りしたら、お供え物が置いてあった。小生がいつもお参りしていることを知っているおばあちゃんが「仙人さんは、俺いがこつも、一緒にお参りしてくれとらすと思って、供えとったけん」と。さりげない心遣いにまたまた敬服であった。
♪トイレの神様♪は、家族の絆。向こう三軒両隣の近所の絆、社会的弱者(児童・高齢者・障害者etc)を支えあう地域コミュニティー、古きよき時代の日本を再生するそんなメッセージが込められているように思えて仕方ない。
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御用納めの日、あちこちお世話になったところにあいさつ回りをした。一日中忙殺された。夕方からは忘年会であった。20人くらいのこじんまりした実に楽しい忘年会であった。やっぱり開門調査について、もちきりであった。「せっかく完成したものを、又、開門するとは無駄金にならんとね」という意見もあったが、多くの方々の意見は、「どっちにしても裁判が確定したとやけん、法治国家ならば、その決定は守らんばやろもん」という声が大多数であった。「市会議員さんたちは、判決後も反対しよらすばってん、自分の子や孫達に裁判の確定をどがん伝えらすとやろか」。つまり、子どもの教育上も良くないという意見もあった。自分の考え方と違う、つまり気に食わんやったら法律も守る必要がないと言っていることに等しい。
ところが、判決の重みというのは絶対的強制力がある。例えば、懲役刑とかをはじめ、損害賠償とか、行政訴訟とか、とにかく判決が確定したということは絶対に従がわなければならないということなのである。そのことを、きちんと子や孫に伝えてほしいと思う。
今回の裁判の被告は国であるから、国は粛々と開門調査に向けた準備に当然入る。確かに裁判に不満の人たちが訴訟が検討されているようだが、当然、国民の権利として認められた正当な権利であることには間違いない。その運動を議員の方々や県・市は支援したいのであろう。とある漁協で訴訟の話があったらしいが組合員の反対にあって頓挫したという情報も入ってきた。別の参加者は「訴訟を支援するために反対しているのではなく、新幹線やダム工事を取引材料にしようとしているのでは・・・」と。そういえば、新幹線は諫早~長崎間、武雄温泉~肥前山口間の工事予算の見通しが不透明、追い討ちをかけるように、鹿児島ルートの停車駅は新鳥栖ではなく久留米に決定したことにより、長崎ルートへの集客が暗雲にのりつつある。ダムの見通しもたたない。このことは以前のブログにも書いた。議員さんたちに言いたい。開門調査に680億円も無駄金を使うなというのなら、たった20分程度の時間短縮の為に8,000億円の税金を使う新幹線。どっちが無駄金ですか・・・と。(市民の方々の率直な声として新幹線はいらないという声が多いことも事実である)。
小生も一言発言させていただいた。「議員さん達は岡山県・児島湖を視察してほしい。1兆円もかけて改善しない調整池の水質をつぶさに見てきてほしい。開門しないで今のままで良いというのなら、諫早湾調整池に一体いくらのお金が必要になるのか考えてほしい」・・・と。百聞は一見にしかずである。
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諫早商工会議所の新聞が配られていた。その中で、干拓控訴審判決に抗議する12月12日の集会の模様が掲載されていた。記事を読みながら、明らかに違和感を覚えたところだけは指摘しておきたい。この集会に「2,500人の市民が結集して・・・」というのは、明らかに真実に異なる。多くの証言がある。少なくとも小生は5名の方から聞き取りをした。「700名とか800名、どんなに多く見積もっても2,500人の半分も居なかった」という意見で一致していた。そのことについては複数のマスコミにも聞いている。そして、マスコミ報道の在り方にも疑問を呈した。
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商工会議所にしても、マスコミにしても、真実を伝えてほしいと願う。誇大宣伝することで、いかにも多くの市民が開門反対であるかのように煽る行為は誉められたものではない。それと、諫早の経済を考えた時に、判決で確定した問題を受け入れず、従来の主張に固執するあまり、他の公共事業や諸施策に悪影響が及ばないのか大局的判断が求められている。それとも、現政権そのもの、つまり、以前の自民党政権に戻すために開門反対を主張しておられるのだろうか?。そこらへんは定かではない。
昨日は諫早市議団が街頭行動を行ったという。小生も所用で議会を訪れて知った。
小生の考えは単純明快。
自民党系の議員の人たちは、当初から干拓そのものを推進する立場だから、開門調査には反対なのである。
問題は民主党である。干拓営農について、「開門すれば、塩害や農業用水など被害が甚大」と主張しているが、それは、裁判でもふれられているが、きちんと対策・準備をやっていく必要はあるが、それよりなにより、干拓営農が始まる前、つまり2001年頃、当時自民党政権の下で、ノリ不作の原因究明のために学識経験者などで「第三者委員会」が結成され、ノリ不作の原因究明のため、短期・中期・長期の開門調査の必要性を検討結果として報告したにも関わらず、自民党政権下の農水省は、短期調査のみ実施して中期・長期の開門調査を実施してこなかった。この時、実施していれば、有明海異変と諫早湾干拓の因果関係の究明はできたはずである。更に、当時は営農開始前であるから、営農の事を心配する必要もなかったのである。従って、民主党が主張すべきは、自民党に対して「何故、実施しなかったのか」という問いかけではないのか?。現政権に対して「判決を受け入れるのはおかしい。干拓営農がこんなに被害を受ける」と主張するのは、お門違いと思う。防災については別の機会にふれたいと思う。
昨日の議員団の行動をどう思うか?
マスコミから取材を受けた。「自らの主張を市民にアピールするのは自由である。だが、何事においても決定するまでは喧々諤々議論する。しかし、結論が出た後はノーサイド。つまり決定である。従うのが法治国家として行政や国民のとる態度である」と述べた。何事もルールに則って社会が成り立っている。
12月市議会でこんなことがあった。質問通告にない質問を市長に投げかけた。「判決から一夜明けて現在の心境は?」・・・と。すかさず議長から「質問通告にない」と却下された。若干、異議はあったが(質問通告には干拓問題を取り上げていた)議長指示に従った。何事もルールで成り立っている。わがままは許されない。
ま、今回の市議団の行動について云々ではないが、議会改革、つまり市民に開かれた議会として「議会基本条例」を制定して、市行政に対する議会の役割をアピールしていく必要を感じる。
*大村市議会に続いて長崎市議会においても議会基本条例が制定の見通しである。
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閉ざされてしまった仙人が暮らす集落であった。
午前中はそれほどでもなかったので、所要で街まで下る。帰ってきてから、午後からはすごい雪が降り出した。あまりにひどくならないうちにと、明日(つまり今日12/27日)の用意にかかる。どういうことかと言えば、つまり、車が使えなくなるから、街に住む娘達のところに、連れ合いが車と人間と「疎開」するのである。連れ合いには小生の事は眼中にないらしい。小生を残して、さっさと「疎開」した。午後からは「仙人の優雅な1人暮らし」が始まった。昔だったら、さっそく登山としゃれ込むのだが、最近は連れ合いから1人で登山は万一の時、迷惑かけるからと釘をさされているので、じっと我家にこもる事にした。
雪に閉ざされた非日常の空間。雪国の人々の苦労に思いを馳せながらも、たまにはいいもんだと一人悦に入る。
さりとて、閉ざされた空間をどう活用するか?。まず、真っ先に浮かぶのが読書である。年末年始対策として図書館から3冊本を借りてきていたので、さっそく、読み始める。山本一力さんの本を読み始める。いくら本好きとはいえ、しょっちゅう読んでいるわけには行かない。ときどき、降りしきる外の雪を眺める。「そうだ!囲炉裏で炭を焚こう」と思ってみたものの炭を買ってきていないのに気付く。一事が万事いつもこんな風で後の祭りである。
常に準備せよ!
先人達から教えられたことであるがついつい忘れてしまう。困った仙人である。
だが、それとて生活できないわけではないから、ある意味どうでも良いことではある。そんな、いい加減さが田舎暮らしの魅力である。ゆっ~くりした時間が流れる。な~んにも、な~んにも考えないで時を過ごす。実に優雅なぜいたくな時間のように思えた。こんな時間を過ごすのは本当に久しぶりである。2年前、お遍路に行ったとき、遍路宿で同宿した東京のお遍路さんが「仙人さん!10日間くらい歩けば、自分を見つめなおすことができるようになります。どういうことかと言えば、日々の暮らしの雑多な、いわゆる、どうでもよいことに振り回されている自分に気付きます。つまり、どうでもよいことが、どうでもよくなります」と言われたことを思い出す。つまり、この客観的に自分を見つめなおすということは大事な視点であるが、それは、自分を非日常の空間に身をおいてみると良くわかる。煩悩に振り回されたり欲望にとりつかれたりしている自分が見えてくる。どっぷり浸かっている自分が見えてくる。でも、人生ってそんなもんかな、と直ぐ納得してしまうのが小生の長所であり欠点である。
「お四国病」というのがある。つまり、一度お遍路に行ったら、何回も行きたくなる。リピーターが多いのである。それを「お四国病」という。小生も、日々の暮らしの中で、いつもそのことを想いながら「今度はいつ頃、空海さんに会いに行こうかな」と連れ合いに内緒で、こつこつと貯金に励んでいる。
やはり、自分を見つめなおす機会としては絶好の場所なのである。
そんなこんなしていたら夕飯時である。さて!と思っては見たものの買出しには行けず、台所を物色すると前日の残り物のシチュウがあった。いただいた餅があったので一緒に食べた。
♪時の過ぎ行くままに、時の流れに身をまかせ・・・♪そんな優雅な仙人暮らしをもたらしてくれた大雪に感謝・感謝の一日だった。
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カン蹴り

2010年12月26日(日)
昨日は今年最後の将棋教室だった。あまりの寒さに子ども達も少なかった将棋教室だった。寒い!寒い!と子ども達。「子どもは風の子、今日は将棋やめにして遊びに行こう」と1時間ばかり将棋した後、泉町公園にでかけた。ふっ!とカン蹴りが頭の中を過ぎった。鬼をじゃんけんで決めてさっそく開始。寒かったのは最初だけ。寒さを忘れて童心にかえって遊んだ。子ども達もおやつを頬張りながら大喜びで遊んでいる。泉町公民館では大正琴の例会が開催されていた。来年早々発表会があるとのこと。
将棋教室教室も今日が今年最後の将棋教室だった。1年間を振り返ってみると、土曜日の行事が増えて欠席が多く、子ども達には迷惑をかけた。来年もこのよぅな傾向が続くと思うが、指導者の後継者作りも急務である。日本古来の伝統文化である将棋。なんとか残していきたいと思う。
脳科学者の茂木健一郎氏と羽生名人の対談があった。将棋は脳を活性化させ、例えば算数が格段に上達するとか、集中力が身につくとか礼儀作法ができる等等を語っている。脳と言えば、われわれ素人の将棋は左脳を使うらしいがプロの棋士は右脳を使うとのこと。左脳は理詰め、右脳はファジーと言われているが、要するに右脳は大局観、全体を掌握する能力である。つまり、「よくわからないけど、多分、こんな風な感じだろうな」という、なんとなく曖昧ではあるけれど、間違っていないという発想をする働きである。よく、将棋ほど男性と女性の実力差があるゲームはないと言われるが、右脳の働きが関係しているのかもしれない。それは日常生活に例えれば、企業とかチームとかの組織の全体を掌握する力に関係しているのかもしれない。それと、将棋はコミュニケーション能力を高めるらしい。羽生名人は、長考する時、大体1,000手を読むという。読むということは、例えば自分が指した手に対して相手がどう反応するかということを考えることだから、相手を知ることにつながる。日常生活でも、常に相手を慮ったり、推し量ったりすることが多くある。その時、役に立つ。
プロの棋士くらいになると、困ることもあるという。ご飯を食べていようが、運転中であろうが、デイトの最中であろうが、頭の中を将棋盤が占有してしまうことがあるらしい。つまり頭の中が将棋盤状態になる。それでは危ないので羽生名人は運転しないそうである。
将棋というゲームは、9×9=81の枠の中で競技する。これまで2万局ほどがパソコンでデータベース化され、保存されているというが、全く同じような将棋対局は1局もない。たった81の枠ではあるけれど、奥行きが無限大に近いほど深いのである。コンピューターが人間に勝てない数少ない事例でもある。
子ども達に指導しながら、「給食費や人間関係など、なんか殺伐とした社会。大人たちに将棋の持つ魅力を伝えたいなぁ~」と思ってしまう今日この頃である。
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少し時間が空くと本を読む習慣が身についた。テレビをほとんど見ないせいかもしれない。
最近、久しぶりに癒されたのが♪トイレの神様♪という歌だったが、調べてみると同名の本も出版されているとのこと。さっそく購入して読んだ。中国の諺に「お年寄りが1人亡くなったら、図書館が一つ無くなるのに等しい」という諺がある。トイレ掃除が苦手だった孫に「トイレには神様が居て、ピカピカに磨いたら別嬪さんになれる・・・」と知恵を授ける。人の嫌がることを率先してすることが生きていく上でとても大切だと教えられる。この本の中で詳しく紹介されている。気になることがある。この主人公も両親は離婚して母親に育てられている。男女平等の裏返しという考え方もあるが、小生の近辺でも離婚家庭が増えている。チョッピリ気になる。
読み出したら止まらない。トイレの神様を一気に読んでしまって、アーケードの本屋さんをのぞく。ついつい買ってしまう。手が出たのが「病気にならない 歩く習慣」という文庫本であった。運動不足気味の方には必読の本である。さわりだけ少し。「よく歩く人は脳も体も若い」「歩くのがもっと楽しくなるウオーキングアイテム」「この、ひと工夫の歩き方で脳トレしょう」etc。そして究極の極意は「歩く習慣が身につくための5ケ条」である。「それが身につけば生き方も変わる」というのだが・・・。騙されたつもりで一読を!。
「追伸」
連日、新聞紙上の「声」の欄を干拓問題が賑わしている。しかも、ほとんどが開門調査を歓迎する投書である。
その中でも指摘されていることだが、有明海の再生や自然環境を守ることや、動き出したら止まらない公共事業のあり方が問題にされている。「有明海を海の畑に」という感動的な文書も寄せられている。
「追追伸」
昨日、市議会報告の新聞作成の校正を友人と二人で市議会会派室で行った帰り、市役所玄関で知人方とすれ違う。挨拶して通り過ぎようとしたら「仙人さん!良かったですね。私たちの同窓会を2日~3日前にあったのですが、干拓問題でもちきりでしたよ。もちろん、開門調査を歓迎するということです」と立ち話が弾んだ。つい、先日も今回の決定を歓迎するとの電話をいただいた。「開門調査こそが有明海だけでなく諫早市民にとって必ず、すばらしい結果をもたらす」と確信を持って訴え続けてこられた山口八郎氏(諫早湾干拓潮受け堤防開門調査を求める諫早市民の会代表世話人)の言葉が現実のものになろうとしている。
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多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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