笑いが一番!

2010年06月30日(水)
とある落語家の小話に「ひと様から笑われるような人間になるな」と親から諭されたが「ひと様から笑われるような商売になった」というのがあるが、これは問題のすり替えではあるが、面白い。

小生の就寝時の子守唄は落語である。年季の入った名人の語り口に思わずニタリッ!とすること度々である。
最近は笑いが癒しの効果があるといわれてもいる。「笑う門には福が来る」である。
だが「笑ってごまかす」と言うこともある。最近の選挙ポスターを見ているとほとんどが笑っている。この笑いにごまかされて投票する人もあるのだろうか?。落語家の話ではないが、政治家(政党)は自分が笑うのではなく、国民に笑い(幸せ)を提供するのが商売ではないか。こんな世の中(格差社会)になってしまって、それを笑ってごまかしているような気がしてならない。
そんなに目くじら立てずに「一笑に付す」ことにするか。
だが、最近の民主党の新・旧幹事長の論争は「一笑に付す」訳にはいかない。
小沢前幹事長は、子ども手当て・高速道路無料化など昨年総選挙で約束したこと、つまり公約は守れと言っている。それに対して枝野現幹事長は、小沢氏は大衆迎合だと言っている。さて、どっちが正論か?。

どっちにしても市井の人々が腹の底から笑える日は、当分来そうにない。
政治家の端くれとして責任の一端を感じながら、しかし、作り笑いでも仕方ないが、笑って前向きに生きていく以外にないと思う今日この頃である。
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はやくも正念場!

2010年06月29日(火)
うっとうしい梅雨空が続き、気分的にも、いまいちの毎日である。

さてさて、梅雨空同様にうっとうしいのが、昨晩開催された手話奉仕員要請講座・基礎編である。
開校式の時は「皆勤目指してがんばろう!」と気合を入れて臨んだのだが、早くも欠席が1回(市議会の時間延長によりやむをえなかったのだが・・・)となり、新たな目標の設定を余儀なくされている。

それもだが、講義についていくのに四苦八苦しているのが現状である。受講者はほとんどが小生より若い人たちで物覚えが良さそうな方ばかりである。ただ楽しみもない訳ではない。講師や受講者の大半が女性であること。やはり教室の雰囲気が華やかで和む。確かに癒しの効果がありそうである。(ボランティア活動していていつも感じるのだが、男性の参加が極端に少ないのが気になる。この講座もそうである)

そんな訳であるが、昨日は表現の方法や表現の速度について意味が変化してくることについて講義を受けた。
19時30分から授業が開始され、ちんぷんかんぷんであったが、終了時間(21時30分)には少し理解できるようになってきた。これはいつものパターンなのだが、いつものパターンには続きがあって、家路を急ぐ車の中で、覚えた手話を復習する。家に着いて風呂入って就寝して朝になると、もう今日の用事が頭にあって、いつの間にか手話が頭の隅っこに追いやられている。こんな繰り返しなのである。こんな風だから上達するはずがない。

がしかし、と思う。ワールドカップを見てみよ・・・と。
あれだけ直前の練習試合では負け続けた日本代表。本番では豹変した。日々、黙々と続けていればいつか日本代表みたいに、ある日突然、手話が面白くなり上達するかもしれないと思うようにしている。

そんな訳で、もうしばらく努力してみよう。みんなの後からでもよいからついていこうと決意した朝だった。
洗面所に貼り付けてある手話の指文字をおさらいして、いざ出勤である。
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平凡な日常の繰り返しであるが、同じようなことをしているようでそうではない。日々進化したり変化したりしているのが小生の生活スタイルである。

6月からは手話奉仕員養成講座・基礎編を受講するようになった。毎週はちょっと、しんどいががんばるしかない。26年国体を自分なりに目標を持って迎えたいと思う。(国体で手話通訳をしたい)

話は変わるが毎月1回は、市役所庁舎内の新聞代の集金にお邪魔する。昼休みであるので、ほとんどの人がうたた寝したりしてくつろいでいらっしゃる。役所仕事も大変なんだろうと思う。(今回の参議院選挙でも公務員改革を前面に立てて国民の一定の支持を得ている政党もある。公務員パッシングだけでは何も解決しないところも多いのだが)
だが、小生が注目したいのは、何時お邪魔しても読書している御仁がある。かなりの読書好きと見た。なんかそんな人をみるとホッ!とする。忙中閑有。すてきな余暇の過ごし方ではないか。

この御仁を見習って小生も昼休みに暇な時間があったら読書を心がけるようにした。
さいわいにも読書環境が揃っている。
場所は議員控え室。閑静である。隣には図書館がある。ものの5分もあれば行ける。そんな訳で、最近の小生のささやかな楽しみは昼休みの読書である。

「追伸」
2年前、四国遍路の旅(1番から88番、1,400km通し打ち)で大雨に降られたときがあった。その時、どうしても歩く気がしなくて弱気になり、遍路宿の女将さんに「大雨なので歩くのを中止します。もう一泊させてください」とお願いしたら、こっぴどくお叱りを受けた。女将いわく「雨は弘法大師があなたの過去を洗い流すために降らせるのです。これまで生きてきた60年をきれいに洗い流してください。そしてこれからの第二の人生を幸せに暮してください」・・・と。それ以来、雨は縁起が良いものとして受け容れるようにしている。
それでも、これだけ雨が続くと色々と迷ってしまう。
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昨日は大雨で一時は大変心配したが、たいしたことがなくて本当に良かった。大雨が続いていたら、干拓地周辺の視察に行く予定であったが・・・。

午後からは恒例の将棋教室であった。雨の中、子ども達が来るかな?と思っていると取り越し苦労であった。
15名の子ども達がやってきた。
会場の泉町公民館は、将棋教室を17年間続けてきたことを評価してくれて、使用料を無料にしてくれた。感謝感謝である。

13時~16時まで、こどもたちは思い思いの時間を過ごす。けっして強制はしない。だが、指導はする。その頃合いが難しいのだ。強制すると将棋が楽しくなくなり苦痛となる。だが、放っておくと上達しない。要するに興味を持たせることが指導者の役割と心得ている。だから強制はしない。対局したり、将棋の駒で遊んだりしているが、時々、声をかける。

それでも、しばらくすると「先生、問題をください」と言ってくる子ども達がでてくる。こうなるとしめたもので、それまで遊んでいた子どもが真剣に問題と取り組む。一所懸命取り組んでいる子ども達には適当にヒントを与えてやる。

昨日は4人が昇級した。昇級した子ども達には認定証を渡す。昨日、昇級した子どもが「先生!認定証はお母さんが額縁に入れて飾ってくれてるよ」と教えてくれた。子育てには家庭・学校・地域社会の連携が必要だとよく言われるが、子どもが将棋を勉強したいとの思いを家族がサポートしている。なかなかである。

今日、格差社会の影響をモロに受けて、子どもたちの貧困がささやかれるようになった。将棋教室に来ているのは、送迎が可能な一般的な家庭の子ども達だろうと思うが、恵まれない子ども達にこそ、将棋を通して才能を開花してほしいと思っている。つまり、教育の機会均等の一例として社会教育の機会均等である。障害児についてもそうだ。今年17年目を迎えた将棋教室。まだまだ課題は多い。後継者への引継ぎも悩みの種である。もうしばらくはがんばってみるとするか!
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食事の風景!

2010年06月25日(金)
議員になる前は「愛妻弁当」が多かったが、最近は外食ばかりである。市役所庁舎内の食堂、売店、界隈の食堂etcであるが「今日は何を喰おうかな?」と考えるのも楽しみの一つになった。

だが、食事をしていて少し気になることがある。
大半の人が「いただきます」とか「手を合わせる」とかの作法をしていないのに最近気付くようになった。
小生の場合、「いただきます」と言って手を合わせる。食事を終れば「ご馳走様でした」と手を合わせる。最近、そんな作法をしている人に出会ったことがない。

こんな儀式は日本古来の素晴らしい風習であり伝統だと思うのだが・・・。
そういえば、「給食費払っているのだから、いただきますと言う必要がない」とか「義務教育だから給食費は払う必要がない」とか学校では保護者と先生の間で、よく交わされる会話になっているそうだ。

小生にはとても考えられないことだ。
というのも、幼い頃、父親と死別して母親の細腕一本で育てられ、生活保護を受けたり赤貧を経験したので、何事も粗末にすると母親からこっぴどく叱られた。特に食事については厳しかった。弁当箱にご飯粒が一粒でも残していても許されなかった。
「こうして今日一日無事に過ごせたのも世間様のおかげ」とか「食べものを粗末にしたら罰が当たる」とかよく聞かされたものだ。

そんな幼児期の体験がいまも身体に染み付いている。
だから、どこであろうが手を合わせて「いただきます」の儀式は欠かさない。
最近、親を大切にしない。物を粗末にするとか色々と聞くが、これは結局自分自身に降りかかってくることになるに違いない。自分は食べなくても子ども達には、ひもじい思いをさせまいと必死にがんばった親達の姿を見てきたからこそ親のありがたさや物を大切にする心が芽生えたと思っている。朝食を食べない子どもが増えてきているなんて一昔前まではとても考えられなかったことだ。親子の愛情関係もかわりつつあるのだろうか?。
儒教の国、朝鮮半島では親は敬いの対象として無礼は許されないという。日本も古き良き伝統を取り戻し、日本らしいモラルを求められているような気がしてならない。われわれ団塊の世代が子や孫にきちんと伝えていくべき使命があるのだろう。戦後の荒廃した時代に生を得、高度成長を経験してきた団塊の世代。良いも悪いも全て現代にひきずっているような気がする。
がしかし、そのような風潮が新自由主義の下、周囲は競争相手でしかない、弱肉強食で、ちょっとしたアクシデントでも奈落のそこまで蹴落とされてしまう。そんなぎりぎりの生活の中で、追いまくられ、心身ともに荒廃している現代社会にも目を向けなければならないと思う。
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7月4日には図書館フェスティバルが開催される。諫早市は図書館が充実しているといわれる。諫早図書館だけでなく多良見、森山も含めるとかなりの蔵書がある。
読書は人間形成に大きく役立つので図書館の充実は大歓迎なのだが、ひとつ気になる。昨年、議員と図書館運営に関わる人たち(ボランティアグループ含む)との交流会で、これだけの週刊誌を県内で取り揃えてある図書館は少ないと説明があったので、そのときも感想・意見を述べたのだが、週刊誌まで図書館で取り揃えることが必要なのかということである。

週刊誌目当てに図書館に来る人も多いと聞く。それもわかった上での意見を言ったのだが、やはり、税金を使う以上、それなりの制約がある。妥当性が必要なのだ。一般的に週刊誌は社会の出来事を面白おかしく興味本位に書く風潮がある。それはそれなりに楽しく読んでいる人もおられて良いと思うが、そんな本を税金で購入するとなると話は別だ。貴重な血税を使うのだから・・・。それと、民業圧迫にならないかということである。(民間の書店は週刊誌類が店頭を飾る。)

たしかに週刊誌も参考になる記事は数多くある。それもこれも含めて、さて、「税金で週刊誌を購入しますか?」と再度問題提起したい。

*議員との交流会の時、アンケートが実施され、後で公表するということだったが、その約束は未だ果たされていない。読書に関してどういう感想を議員がもっているのか興味深いのだが・・・。
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複眼的思考!

2010年06月24日(木)
物事を考える時、違う角度からも考えてみる。つまり複眼的思考とか客観的思考とかいうのだろうか、その必要性を感じる時が、ままある。

将棋に「三手の読み」という諺がある。
自分が一手目を指す時に、相手がどう対応するか。それを見極めて三手目の自分の指し手までを読んで決定する。
実は、これは相手の立場に立って自分のことを考える。つまり客観的思考、複眼的思考なのである。ところが、相手の立場に立つということは、その可能性が無限大にあり、しかも心の中の問題であるので実に難しい。

相手を思いやるときなどによく使われる言葉に「慮る」(おもんばかる)がある。
要するに推察するしかないのだが、この複眼的思考というのは、しかし、思い込みやなどからくる過ちを防止するのに効果がある。

卑近な例として、例えば、四国を、お遍路した時、地図を片手に見ず知らずの土地を歩く。何事にも疑心暗鬼である。「この道で大丈夫だろうか」「まてよ!もう一度確かめてみよう」「山中でヘビにかまれる心配ははないか」etcとにかく不安だらけの中を歩いた。こんな状態の時は、確信がないから常に色んな角度から検証しながら歩く。つまり、複眼的思考なのである。
ところが、いつも通る道。そのときは単細胞になってしまう。「ここはいままで何もなかったから大丈夫」・・・と。
だから意外と事故などに遭遇するのである。つまり客観的思考回路が停止してしまっているのである。

こんなことは社会の中に無数にある。
例えば諫早湾干拓についてもそうである。
開門調査について、賛成か反対かの議論があるのは当然として、その議論の中に相手を慮る議論が少ないような気がする。昨日も本会議終了後、同僚議員と語ったが、34名の議員の中で、何回も何回も干拓を視察している議員が果たして何人いるか。相手を慮る気持があれば、もっと理解しあえるはずだとか。立ち話では会ったが色々と議論した。要するにグレーゾーンがかなりあって、そこを大事にして議論すれば、おのずと歩み寄れるはずだと思う。

小生も時々思い込みが激しい時がある。だから複眼的思考の大切さとともに「3手の読み」を忘れないようにしている。だが、将棋と同じで、相手をなかなか読めなくて悶々とした日々を暮らすことが多い。でも、そんな時は「なるようになるさ!♪ケセラセラ♪」で一件落着である。

今回の市議会で起きた「10日間の出席停止」事件。もちろん単眼的思考つまり、自分勝手な思い込みから起きた事件であることに違いない。

本会議が昨日で終わり、今日からは委員会審議に入る。厚生委員会も今日から、現地視察と委員会審議が始まる。
カテゴリ : 社民党・諫早市議会
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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