「諫早湾干拓開門調査を求める市民の会」のメンバーと岡山県児島湖の視察に行く。
児島湖は、1959年(昭和34年)に農業用水等を確保するために農林水産省による「国営児島湾沿岸農業水利(締切堤防)事業」で、児島湾を締め切って作られた人造湖だ。

これまで、長い年月と莫大な税金を注ぎ込みながらも、水質の悪化など環境悪化は大きな社会問題になっているとのことだ。

諫早湾調整池より遥かに40年近くも前に締め切られたのに、未だに水質が環境基準をオーバーしていることは、これからの諫早湾調整池を考える時に大いに参考になると思う。半世紀もかかって水質が改善できないとはどういうことだろう?

しっかり勉強してきて諫早湾干拓事業の教訓としたいと思っている。
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丸一日静養

2010年01月30日(土)
10日ほど前に自転車で転倒して、右腕を強打した。
整形外科に行ったら骨に異常はないとの事。だが、今日に至るも痛みがとれず、時々夜中に目を覚ます。2日~3日は箸も持てず、ご飯も左手でスプーンを持って食べる始末である。
整骨院に毎日通院しているが、転倒したときに右ひじに体重の10倍の衝撃があったはずだという。右ひじに700kgの重量がかかったことになるという。

道理で簡単に治らないはずだ。いまは辛抱して気長に回復を待つ以外になさそうである。
今日は本当に久しぶりに、な~んにも一日を過ごした。
ゆっくり本でも読んで過ごせばよいのだが、そこは貧乏性の小生のこと。色々普段、仕残している作業が気になる。

松本成長の本「砂の器」(上)を午前中に読んでしまった。
午後からは、ボランティア関係の書類(「精神保健福祉ボランティア・はままつな」、「子ども自然学校」、「子ども将棋教室」)の整理に追われた。

お陰で随分さばけた。
でも、右腕がまだときどきうずく。だが、右腕には感謝感謝である。
自転車が転倒するときに、身体が一回転してコンクリートの地面に頭をぶっつけそうになった。その時、咄嗟に右腕がでて、頭を強打するのを避けてくれたのである。右腕で支えてなかったらと思うとゾッ!とする。

こんなときは、「お遍路さんに行った甲斐があって、空海さんが頭を守ってくれた」と思うようにしている。
それにしても、色んな人々に心配をかけ、でも、色んな人たちに支えられて生きていることを実感させてくれた負傷であった。本当に怪我の功名であった。

右腕は痛いが、精神的にリフレッシュできた一日だった。また、明日から頑張れそうな気がしてきた。
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午前中は福祉関係の二箇所の職場で職員の方々と懇談。午後は、ボランティア関係の打ち合わせがあった。
ボランティア協議会の諫早支部長として出席させていただいた。

今日の打ち合わせは3月21日に開催予定の「諫早市ボランティアフェスティバル」の打合せであった。
1市5町が合併して5年目。ボランティア組織も同じである。この間、旧市・町を持ち回りで開催されたりしてきたが、これまでの反省として、ボランティア組織相互の交流に力点を置いてきた大会運営について、今年度は、景気の停滞で沈滞ムードが漂う街の活性化を含めて取り組もうと意気があがっている。

具体的には、今回初めて野外での開催になる。それも、諫早一番の繁華街である。アーケードの歩行者天国で開催することになった。今日は加盟登録団体(約80団体)の出し物や全体の流れについて議論した。

それぞれの団体の活動紹介、福祉体験コーナー、名所・旧跡めぐりなど当日の具体的計画が次々と決定されていった。
これからは、活動分野毎に更に議論をつめて行うことを決定した。

日頃からボランティア精神で活動している団体の代表者だけあって、スムースな話し合いであった。
3月21日は是非、成功させたいものだ。
カテゴリ : ボランティア
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要約筆記定例会

2010年01月28日(木)
中途難聴者を支援するボランティアグループ要約筆記会には2年ほど前に講座を受講したのをきっかけに入会した。
講座の中では字がへたくその上に漢字が思い出せないなど要約筆記としては失格だったが、「黒一点」ということで入会が認められた。

昨日の定例会には難聴協会の長崎県代表・舩山さんがお見えになっていた。
彼は、マスコミ関係の仕事をなさっていて定年間際にほとんど聴こえない状態になられた。その時、前途を悲観して死を覚悟したという壮絶な体験をお話くださった。

でも、周囲の励ましで立ち直り、そして今、要約筆記会をはじめ理解者・支援者に支えられて活動しているとの事。
この会に参加していた扇山会長をはじめ会員の皆さんは、改めて、要約筆記の重要性を認識していた。

小生も要約筆記会の会員であると同時に、精神保健ボランティアグループの会長を仰せつかっている関係もあって、毎年開催している精神保健福祉講演会には要約筆記をお願いしている。
数年前の講演会で体験発表をしてくれたウエスレヤン大学の学生さんが、大学の授業が良く聞き取れなくて、要約筆記がついてくれたらどんなに授業が楽になったかと体験を語ってくれた。

難聴者には手話が一般的に普及しているが、中途で失調した人は手話を覚えきれない。従って、要約筆記が必要になるのだ。今日、参加した会員は全員ボランティア。志だけが支えである。それだけに、みんな和気あいあいでとてもさわやかな雰囲気である。

こんな、地道なボランティア活動が諫早の街のあちこちで展開されている。
カテゴリ : ボランティア
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奇跡のリンゴ=読書感想

2010年01月28日(木)
「類は朋を呼ぶ」というか、本好きの小生ではあるが、1週間に1冊の目標を20年来実行していると「今度はどんな本を読もうかな」と思案に暮れるときがないでもない。今回もちょうどそんな時に「こんな本があったよ」と薦めてくれた友人がいた。
友人が感動したというこの本のタイトルは「奇跡のリンゴ」である。この友人からは以前「蜂は何故、大量死したか」という本を紹介していただいたことがあって、すばらしい本だったことを思い出した。前回も今回も自然環境と人間社会の関わりがテーマの本である。

リンゴ栽培は農薬なしでは考えられない、絶対不可能と言われていた常識を覆した、とある農家の物語である。
小生も東北地方を訪れた際、農薬を一杯散布して、農薬で真っ白になっていたリンゴの木を思い出した。それを見たときからリンゴの丸かじりをやめた記憶がある。それほどに農薬を使わないとリンゴは育たないというのが常識なのだ。

主人公の木村秋則さんはこの常識に果敢に挑戦する。
そのきっかけは農学者・福岡正信さんの書いた「自然農法」という本との出会いであった。
だが、無農薬・無肥料のリンゴ栽培はそう簡単ではなかった。
その苦労は20年間に及ぶ。付近の農家からは「カマドケシ」(かまどの火を消す。つまり一家を滅ぼす)といわれ、それでもくじけずに挑戦する。

色んな手を尽くして、挑戦してみたが結局は実らなくて死を決して登った山で、ある事に気付く。「山では誰も農薬を散布しないのに木々は生い繁り、実をつける」という事実からヒントを得て、自然農法による無農薬リンゴの栽培に成功する物語である。

「リンゴの木は、リンゴの木だけでは生きていけるわけではない。周りの自然の中で、生かされている生き物なわけだ。人間もそうなんだよ。人間はそのことを忘れてしまって、自分ひとりで生きていると思っている」

この木村秋則さんの記録はNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」で紹介された。
木村さんは今はリンゴの栽培とともに全国、いや海外を含めて講演に忙しい毎日だという。是非、お会いしてみたい人物である。

こんな、素晴しい本を紹介してくれた友人に感謝である。
カテゴリ : 読書感想
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ピースウオークin諫早

2010年01月26日(火)
今日は5月に開かれるNPT(核拡散防止条約)の再検討会議へ向けて、日本山妙法寺の僧侶達が中心になって取り組んでいるピースウオークが実施された。
大変に冷え込みが厳しい朝の9時頃、JR諫早駅前に東京まで通しで歩く僧侶をはじめ、非核都市宣言諫早市民の会のメンバーや「憲法九条を守る諫早市民の会」などの皆さん、総勢40名近くが結集した。
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簡単な開会集会の後、諫早市内をデモ行進。
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そして諫早市役所に宮本市長を表敬訪問した。
諫早市は「非核都市宣言の街」であり「世界平和市長会議」にも加盟している。
特に平和市長会議では、今年の8月に長崎で平和市長会議を開催して2020年までに核兵器を廃絶するという「ヒロシマ・ナガサキ議定書」をNPT再検討会議に向けて発表した。
宮本市長へ要請を行う日本山妙法寺僧侶
市長要請をした参加者









アメリカ・オバマ大統領の就任、そしてプラハにおける核兵器廃絶の演説によって急速に高まりを見せている核廃絶の運動。しかも、被爆地・ナガサキからのこのような行動は大変に重要な意味がある。
そんな思いで参加したが、それなりに意義のある取組みだった。
カテゴリ : 社民党・諫早市議会
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小生の連れ合いは、本日、文化会館で開催された「諫早市婦人大会」に地元婦人会の要請を受けて「1分間トーク」(いいたい放題)に1分間スピーチを行ったという。ところが、その日の講演内容があまりにお粗末で暴言があったとプンプンに立腹して帰ってきた。講演者は吉次邦夫前諫早市長だったという。とにかく、諫早湾干拓問題で、色々といいたい放題で、そのきわみ付けは「他県の漁業者はお金ほしさに干拓反対運動をやっている」などと発言したという。

そんな話を聞いて「こんな人が諫早の市長だったの?」と驚いてしまった。
この人の本音なのだろう。そのような気持ちで干拓開門に反対してきたに違いない。このような発言を聞いて、佐賀県や熊本県、福岡県の漁民の方々はどう思うだろうか?。否、他県だけではない。長崎県の漁民も漁業不振で自殺者が相次ぐなど生活苦にあえいでいる。前市長のこのような発言は、実態から目をそむけ、意図的に干拓の正当性を誇張する態度で断じて看過出来ない。

前市長!
あなたは、今年のノリ漁業についてどう思いますか?
佐賀県議会・有明海再生特別委員会がノリ被害を視察、大凶作になる可能性があることを確認したことについてどう思われますか?。こんな実態に対して「昔の宝の海に戻してほしい」という要求も、これも、お金目当てだと思われますか?。

有明海異変と諫早湾干拓の因果関係は、複数の原因説が唱えられているが、いずれもはっきりしていない。だからこそ、開門して調査をしてほしいと小生は思っているが、「お金ほしさに干拓に反対している」とは初耳である。
なんとも情けない吉次前市長の講演内容を聞いて激しい憤りを感じた。
カテゴリ : 諫早湾干拓開門調査
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1月3日 晴れ 17番・井戸寺~徳島駅まで10kmを歩く
今回の区切り打ち(88箇所を何回かに分けて歩く)の最終回である。
弘法大師が掘ったといういわれから名前がついた、その名も井戸寺である。
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17番を打って、四国にさよならすることにした。心残りがするが仕方ない。一路徳島駅を目指す。
駅周辺に来るとやはり都会である。おおきな看板などみながら、コーヒーショップに入る。
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タコ旗が店内一円に飾ってあるオシャレなお店であった。小生の一人旅ではコーヒーショップに入ることはまず考えられないが、連れ合いと一緒だとコーヒーを飲む機会が増える。でも、寒風にさらされた体にはとても美味しかった。
さて!と時計を見るとお昼頃である。今日は徳島駅発高速バスで広島まで行ってそれから新幹線乗り継ぎかもめで我家に帰る予定である。その出発が16時過ぎであるから、しばらく時間がある。
観光案内にたずねると阿波踊り会館を紹介してくださった。
正月3ケ日だから営業していないかもしれないが、とにかく行ってみることにした。それが、超満員で楽しいひとときを過ごさせてもらった。徳島の人たちは本当に踊り好きだ。♪踊るアホに見るアホ。同じアホなら踊らな損損・・・♪とばかり例の踊りを踊りまくっていた。
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さぁ!これでしばらくは四国ともおさらばだと夕食を買い込んでバスに乗車。瀬戸大橋経由の帰路である。
だが、大渋滞に巻き込まれてしまった。
広島で予定の新幹線に乗らないとかもめの最終便に間に合わない。気は焦るもののどうしようもない。やはり、遅れてしまった。一便遅れの新幹線に乗って、「今日は博多どまり」と観念。1月4日の新庁舎落成式には間に合わないと観念していた。博多駅について、念のためにバス発着場に言ってみた。なんと、15分後(22時30分頃発射予定)に長崎行きが出るとのこと。ホッとして乗り込む。諫早の高速バスインターに到着したのが午前1時過ぎ。我家には2時近かった。
あわただしい今回の四国遍路の旅だったが、新たな出会いや人情、我が人生の回顧等等、それなりの成果があったお遍路であった。
カテゴリ : 四国遍路
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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