四国遍路31日目 大師信仰!

2009年10月30日(金)
31日目 曇り時々しぐれ 
7時ホテルスタート 59番国分寺まで4km
61番香園寺まで18km 62番宝寿寺まで2km
63番吉祥寺まで2km 温泉宿まで5km
合計31kmを歩く
  大師信仰
明け方の凄い雨に目を覚ます。「今日は雨か!」と諦めてポンチョを準備していると、あ~ら不思議、出発する頃は雨が止んだ。しかし、宿から一歩出ると寒いのなんのって・・・。
でも、そんなことは言ってはおれない。ただひたすらに歩くのみなのだ。59番国分寺には「握手大師」がおられて、握手すると願いが叶うと言う事だったので遍路結願までの旅の安全をお願いした。
画像 235
四国はとにかく大師信仰がすごい。今までに青年大師、黄金大師、鯖大師、身代大師、子安大師etcざっとこんなふうで弘法大師への敬いも含まれているのだろうが、なかなかユーモアがあって面白い。
59番までが今治市で向かうところは西条市である。どこも合併していて小さな町村は見当らない。西条市も合併した結果、西日本最高峰石鎚山もエリアに含まれるとの事。
歩いていると左手に瀬戸内工業地帯が見える。新居浜辺りか。
画像 234
道路標識には「高松」と言う文字もちらほら!。道路を歩いて以前から感じていたのだが、これもなかなかユーモラスだ。それは登坂車線での追い越し車線についてだ。こちらでは「ゆずり車線」となっている。なるほど!このほうが譲る側も追い越す側も気持ちが良いに違いない。同じ事を角度を変えてみればこんなにも印象が違う。物は考えようなのだ。伊予・愛媛について戸惑うことに、天気予報がある。最近は慣れてきたのだが「南予・中予・東予」と表示される。歪な形をした愛媛らしいのだが、南は足摺岬の隣、東は香川の隣で全く気候が違うのだ。
東予の西条市では石鎚山麓の61番香園寺、62番宝寿寺、63吉祥寺を打った。
画像 236
画像 237
60番横峰寺は石鎚山の中腹にあり、明日、朝一番に打つことにした。ブログを書いていると風呂の案内があった。こんな寒い日は風呂が一番と行ってみると、ここの宿には石鎚山温泉が沸いていた。米の磨ぎ汁のようで以前の久重法華院温泉のようだ。風呂から上がって四国山脈をみるとうっすらと雪化粧をしていた。
画像 238
カテゴリ : 四国遍路
コメント(0) |  トラックバック(0)
Pagetop▲
30日目 曇り時々晴れ
6時30分民宿スタート 54番延命寺まで15km
55番南光坊まで4km 56番泰山寺まで3km
57番栄福寺まで3km 58番仙遊寺まで3km
ホテルまで3km 合計31kmを歩く
寒風ついて歩く
今治市内の札所を参拝した。前日の53番札所(円明寺)と同じ読み名の54番延命寺から始まって55番南光坊~56番泰山寺~57番栄福寺~58番仙遊寺まで30kmを歩いた。
画像 226
画像 227
画像 228
画像 229
それにしても寒い。ザックの荷物を5kg以内に抑えるために冬支度はなに一つ準備していないのでとにかく歩いて暖まる以外にない。(荷物になるので買うこともできない、この頃、昨年11月18日)。
ここ今治市は、しまなみ海道で本州とつながっていた。小高い所にあって紅葉が素晴らしかった58番仙遊寺からの眺望は今治市内と瀬戸内の島々にかかっている、しまなみ海道を一望できた。実に素晴らしい。少し視線を移すと来島ドックがあった。
画像 232
今日はほとんどが舗装道路で街中だったこともあって、道標も分かりずらく人情も現代風でちょっぴり物足りなかった。
「菩提の道場」も残す所あとわずかだが、これまでを振り返ってみれば、何が変わったのか実感が沸かない。ただ言えることは、歩くこと以外は今はなにも考えられない。
そういう意味では還暦を堺に一旦頭を空っぽにして自分を振り返る良い機会になっているのかもしれない。
カテゴリ : 四国遍路
コメント(0) |  トラックバック(0)
Pagetop▲
29日目 曇り
6時民宿スタート 52番太山寺まで12km
53番円明寺まで3km 
民宿まで20km 合計35kmを歩く
穏やかな瀬戸内
昨晩泊まった障害者自立支援のための接待処は完全セルフに近い。その代わり格安で泊まれる。遍路相手であり物見遊山の客は来ないだろうし、それで充分だ。遍路が使用した寝具や食器類、部屋の後片付け等を障害者の方がやってくれる。しかし、何処も同じ、障害者の自立の難しさを代表の方が語っておられた。お互いに激励しあってスタート。(心ばかりのカンパをしたら御丁寧に手紙をいただいた)。
画像 224
(道後温泉の名物・松山ちんちん電車)
6時にスタートしたが道後の街はまだ寝静まっていた。昨日マッサージでリフレッシュできたのが効いたのか体調はすこぶる快調である。
松山市内にある52番太山寺、53番円明寺を打って一路今治市へと進路をとる。松山湾沿いに暫く歩くと穏やかな海の桟橋は釣り客がたむろしている。沖合は大型タンカーや漁船が入り乱れ、遥か向こうには広島だろうか本州が見える。
画像 225
昼過ぎに今治市に入る。今夜の宿は今治市郊外の菊間町である。瓦の生産地で道沿いに看板が軒を連ねている。店先に陳列してある瓦を観察しながら歩いていると「お接待所」という看板。地元の陶器愛好会の皆さんが用意してくださっているようだ。ミカンや飴もさることながら「なるほど!」とうなるようなお接待をいただいた。
それは瓦で作った「ぶじかえる」という親指大のカエルのグッズである。最後のラストスパートに入りかけている心境のこの時期に「結願して無事帰って下さい」という心のこもったお接待なのだ。ありがたくいただいた。また一つ宝物が増えた。
カテゴリ : 四国遍路
コメント(0) |  トラックバック(0)
Pagetop▲
28日目 晴れ
7時民宿スタート 48番西林寺まで5km
49番浄土寺まで3km 50番繁多寺まで2km
51番石手寺まで3km 民宿まで1km
合計13kmを歩く
日仏珍道中
昨日遍路小屋でお接待を受けたことまでは話した。実はそこで知り合ったフランス人と今日まで歩きも宿も一緒という珍道中が続いた。
画像 215
(フランス人と遍路小屋責任者と小生(当時は髭をはやして仙人風だった)
すれ違う地元の人々からも好奇の目で見られた。会話はなかなか通じない。小生もフランスはあまり詳しくないが「カトリーヌドヌーブ、アランドロン」などの映画俳優の名前を言ってみたがあまり興味はないらしく、しらけてしまった。でも、言葉はあまり通じなくても、どこかウマがあう感じである。歩くスピードも同じくらいである。
そこで、フランス語と日本語の間をとって、お互いに片言の英語での会話となった。そこで分かったことは、彼は63才、エールフランスという航空会社に勤務していたらしい。リタイアして四国に来た。12月には帰国するとの事。日本酒、刺身、温泉大好き人間で、とてもフランス人とは思えない。但し、お寺では参拝はしないで記帳のみ。宗教観は徹底しているみたいである。四国遍路を日本人のルーツとでも思っているのだろうか?。言葉は通じなくても地図とゼスチャーで旅ができることをフランス人から教えてもらったようだ。
珍道中は松山市内の48番西林寺、49番浄土寺、50番繁多寺、51番石手寺と続いた。
画像 216
画像 219
画像 220
道後温泉まであと1kmという石手寺で珍道中は終わった。早速フランス人は温泉三昧だと言う。
別れ際に「日本人は一仕事終わって風呂に入る時、あ~ぁ、極楽極楽という」と片言の英語と身振り手振りで説明したが、「オーイエス」とは言っていたが、通じたかどうかは定かではない。
道後温泉少し手前の51番石手寺は観光化していてとても観光客が多かった。また、イラク戦争など反対するなど平和へのメッセージを強く発しているのが印象的だった。
画像 222
画像 223
当初の計画から道後温泉「坊ちゃん湯」に入ると決めていたので、道後には12時に到着したが打ち止めとした。小生は「お接待処道後あい」という知的障害者の自立支援の通所施設に宿を予約し、早速「坊ちゃん湯」とマッサージで疲れを癒した。道後温泉は以前一度、職場の将棋大会の全国大会に九州代表として来たことがあった。
さあ!明日からも新たな出会いと自分探しの旅は続く。
カテゴリ : 四国遍路
コメント(0) |  トラックバック(0)
Pagetop▲
27日目 晴れのち曇り
7時民宿スタート 45番岩屋寺まで9km
46番浄瑠璃寺まで29km 八坂寺まで1km
民宿まで1km 合計40kmを歩く
人生そのもの
昨晩の宿は「愛媛の軽井沢」(道案内を乞うたとき地元の人々がなつめや柿をお接待しながら教えてくれた)と言われている標高500m位の所にあった。夏は避暑、秋は紅葉で賑わうとのこと。近辺には面河(おもご)渓という紅葉狩りの名所がある。同名の宿は老舗旅館で若女将が気持ち良く応接してくれた。小生が日記とブログの原稿を書いていると、興味津津で結局インターネットのブログを宣伝するはめになった。
朝出発するため玄関に出てびっくり、霞がかかっていて幻想的だった。さっそく45番岩屋寺へ。道沿いの紅葉がきれいだ。
画像 210
画像 213
画像 214
(写真は岩屋寺付近である。お寺さんは大きな岩をくりぬいて建立されていた。)
それにしても、今日は我が人生を再現するかのようだった。とにかく山あり谷ありおまけに道を間違えて逆戻りするわで、とにかく散々だった。「今日は我慢せよ」と空海さんが試練を与えているのかもしれない。そんな事を考えながら最後の三坂峠(標高720m)を一気に越えて急な下り坂になる。
この時期枯れ葉が落ちていて滑り易いから要注意なのだ。やっとの思いで麓付近に辿り着くと、人家があって何やら騒がしい。大幅に時間をロスしていたので通り過ぎようとしたら「お接待です」と呼び止められた。
この人家は昭和60年頃までは遍路宿であったが以降廃屋となっていたものを地元の有志がNPOを立ち上げて「お接待小屋」として土日に交替でお接待をしているとのこと。実に素晴らしい取組だ。決して恩着せがましくなく自然体で接してくださる姿に感動した。
このような地道な取組が空海の足跡を辿る歩き遍路を支えている。お茶、お菓子、ミカンなど心温まるお接待を受けて元気百倍、予定外の46番浄瑠璃寺、47番八坂寺まで打つ。40kmの変化にとんだ一日だった。
カテゴリ : 四国遍路
コメント(0) |  トラックバック(0)
Pagetop▲
26日目 晴れ
6時30分民宿スタート 44番大宝寺まで22km
民宿まで1km 合計23kmを歩く
外人さんと初顔合わせ

今日は44番大宝寺までの23kmを歩いた。峠越えで標高は900m近く、多良岳くらいかなと思う。
画像 209
途中、外人さんと会う。突然「オセッタイデス」「オキヲツケテ」とたどたどしい日本語で柿をプレゼントされた。「ありがとう!どこから来たの?」とその青年に聞くと日本語は全く分からないとの事。どうやらイタリアから来た青年らしい。更に「ワンマン」と言うので一人で来たのだろうと思っていたら、身振り手振りから1ヶ月の予定で来ているらしい。残念ながら言葉が通じないで遍路について聞き出せなかった。
13日の宿は豆腐屋さんと兼業で夕食は全て豆腐尽くしでとてもヘルシーだった。おまけに、おかみさんが長崎出身だった。
44番大宝寺に着くと「歩き遍路に宿坊などお寺をもっと開放したらどうか」と質問してみた。「本当に、お大師の足跡を辿りたいと言う歩き遍路には無料で泊めてあげたい。」と現在の心境を語っていただいた。歩き遍路が1日1万円かかるのはおかしいとも。よく聞いて見ると門前街では昭和30年代まではほとんどの家が無償で遍路を泊めていたとの事。時代の変遷とともに四国変遷も変わってきていることを教えていただいた。
バスツアーが主流になる中で本来の姿を追い求めようとする関係者がいたことは救いだった。今日でお寺の数で言うと半分が終わった。距離では3/5が終わったことになる。焦らず一歩一歩ひたむきに結願めざして前進あるのみ。般若心経も大体諳誦できるようになった。少しは魂がはいりかけたのかな!と思わないではない。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 
色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是 舎利子 是諸法空相
不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識 無眼耳鼻舌身意
無色声香 未触法 無眼界 乃至 無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽
無空集滅道 無智亦無得 以無所得故 ・・・

「追伸」
 昨秋、結願して帰宅した後は般若心境の読経・写経、集落の守り神「お弘法さかん」にお参りして般若心経を読経することが日課となっている。
カテゴリ : 四国遍路
コメント(0) |  トラックバック(0)
Pagetop▲

プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


カテゴリ

リンク

アクセス数

アクセス数:
現在の閲覧者数:

最新記事

最新コメント


月別アーカイブ

全記事表示リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード
  1. 無料アクセス解析