5日目 天候・曇り
民宿・6時30分スタート
13番=大日寺まで15km 14番=常楽寺まで3km 15番=国分寺まで1km 16番=観音寺まで2km 17番=井戸寺まで10km 民宿まで10km 合計24kmを歩く
こんな事がありました~勇気づけられた事→三題
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民宿の夕食はへんろ交流会である。日替わりで色んな人と交流することが楽しみである。昨晩は東京の青年や、茨木の還暦おじさん二人組、宮城の還暦おばさんたちが思い思いに話に花を咲かせていたが、一際目立ったのが、6年連続1番~88番の「通し打ち」を達成中の御仁がおられたのだ。それまでは、焼山寺までの「へんろころがし」に話題が集中していたが、一気に話題をさらった。注目された理由はもう一つあった。その御仁なんと80才なのだ。語りながら日本酒の熱燗を二本おいしそうに飲んでおられたのが印象的だった。「負けられないぞ!」と勇気が沸いてきた。
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その勇気をもらって、颯爽と出発したが前日の疲れがぬけきれていない。足取りが重い。そんな時、前から自転車で来た中学生が「おはようございます!がんばってください」と実にハキハキとした言葉で激励してくれた。これまた元気百倍だ。今日は13番大日的、14番常楽寺、15番国分寺、16番観音寺、17番井戸寺を参拝した。約25kmの行程だったがチョッピリ疲れ気味で宿に向かっているとドリンクのお接待をいただいた。先日の傘に続いて二度目である。一気に飲み干したが疲れた身体と心に染み渡った。おへんろに来てから知り合った仲間たちとの別れもあった。野宿をしながら最後までがんばると言う熊本の青年との再会もあった。一期一会であるが、色んな思いでへんろ路を歩いてなにか得るものはあったのだろうか。彼等の前途に幸あれ!



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4日目 - 天気・雨 
6時30分民宿スタート
11時30分 12番札所=焼山寺到着 
15時民宿(植村旅館)到着
3日間歩いてみて、それなりにきつくはあるが、「こんなもんかなぁ、何とか最後までがんばれるかな?」と今朝歩き始めるまでは思っていた。ところがとんでもない思い違いであることを認識させられた。11番藤井寺から12番焼山寺までは「へんろころがし」と言われていて、遍路を断念させるほど四国遍路の最大の難所だったのだ。
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(11番札所・藤井寺。この裏から遍路ころがしの山道に入る)
歩いていると至る所に「最後まで残った空海の路」という標識が目につく。登りはじめた。焼山寺まで13km全てが未舗装の山道である。アップダウンがすごかった。例えようがないが、諫早で例えると大村黒木から多良岳を3往復するくらいの感じだった。おまけに朝から雨だ。最悪のコンディションだ。それでも、ただひたすらに、ひたむきに歩き続ける以外にない。誰も助けてはくれないのだ。
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それでも一歩一歩あるいていると、いつかは目的地に着く。空海が毒蛇を退治する為に山を焼いたことから名付けられたという焼山寺に辿りついた時は汗か雨かどっちか分からない程とにかく、頭から水をかぶったようにびしょぬれであった。それから民宿まで合計25km程歩いたが実感としては35kmは歩いたような気分だった。

さて、最後まで行けるか?余程がんばらないと・・・「自信喪失気味」
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四国遍路=8番から11番

2009年09月27日(日)
8番~11番→25km.6時間の遍路路
昨晩は7番十楽寺の宿坊で精進料理をいただき同席したへんろさんと話が弾んだ。静岡と長野から来られていて、いずれも小生と同じ60代、還暦オヤジ3人衆が大いに盛り上がった。お二人とも日本アルプスを踏破したつわものとのこと。でも、自己反省として、自信過剰でザックの荷物が10kgを超えた事が文字通り重荷になっているとの事。それでも二人とも「通し打ち」をねらうという。お互いに健闘を誓いあう。
今朝はお寺の「お勤め」に参加した。
ご住職の般若心経をお聞ききして「本物は違う」を実感する。朝食をすませて7時30分スタートした。8番熊谷寺までは徳島自動車道と並行して歩いた。
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9番札所へ向かう途中で、道路標識に九番札所の案内があった。まことに四国らしい標識である。
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9番法輪寺では初めて托鉢僧を見た。
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10番切幡寺では333段の階段が待ち受けていた。山の上の本堂に着いた時は汗びょりだった。10番から11番藤井寺までは10km程度なのに何故か足取りが重い。「どうしてかな?」と思ったが333の階段のせいだと納得。
ここらへんは徳島の吉野川をはさんで阿波市と吉野市である。おそらく市町村合併で出来た町なのだろう。
今夜の宿は民宿で相部屋だが相棒は山形の方。また、一つの出会いがあった。徳島は阿波の国、遍路「発心の道場」だ。へんろの決意を固める道らしい。明日もまた新たな歴史のページが開かれる。
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友人から「お遍路には誰と行ったのか?」とよく聞かれる。
小生は常日頃から遍路に行くなら「同行二人の旅」と言いふらしていたので、あと一人は誰か?と聞かれるハメになったのであるが、同行二人とは「一人旅」を意味する。「もう一人」は七道具の一つである杖が、弘法大師の化身とされているのである。であるから弘法大師と二人旅と言うことになるのである。
さて、今日は23kmを歩いた。3番の金泉寺から4番の大日寺までは旧いへんろ路が保存されていて人がすれ違うのがやっとの道が2km程あった。地元保存会のボランティアによって支えられているとのこと。四国遍路の1200年の歴史がこのようにして支えられてきたのだ。5番地蔵寺の表参道では地元特産品が販売されていたので、歩くとき口がさびしかったのでアメを買った。アメをしゃぶりながら快調に6番安楽寺にむかっているとき「何か変~」と思い点検してみると杖が無いのに気付いた。
5番地蔵寺でアメを買った時に忘れたらしい。3km程逆戻り、往復6km.1時間をロスしてしまった
。昔から「アメとムチ」とよく言われるが、小生は昔から「アメ」に弱かった。その性格は変わっていないらしい。今回は「アメと杖」であったが、迷うことなくアメを選んでしまった。杖は金剛杖と言って弘法大師の化身といわれているのにである。なんとも情けない話だ。まだまだ修行が足りない。気付いて後戻りしたからよかったものの罰が当たるところだった。

さて、今日は平日なのに貸し切りバスが多い。反面歩き遍路が意外と少ない。今日も歩いていて、埼玉と大阪の人と話す機会があった。病気平癒祈願とただ何となくとの理由で歩いているとのこと。おへんろにはそれぞれの想いが込められている。明日はどんな出会いがあるだろうか。今日は早めに到着したが、明日からは本格的な歩きになる。7番十楽寺の宿坊で英気をやしなって明日に備えたい。

冒頭の写真は一番札所霊山寺でお遍路さんにお願いして写したものだ。
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四国遍路=旅立ち

2009年09月26日(土)
いよいよスタートラインに立ちました~四国遍路の旅.40才になった頃だったろうか、四国を歩いてみたいと思ったのは。20年越しの念願叶って今日スタートライン立てた。先々どうなるか分からないが、とにかくスタートラインにつけたことに感謝、感謝である。
さて、七つ道具は揃えてみたものの着てみるとぎこちない。 作法も全く分からない。一番札所の霊山寺では他の参拝者も多く恥かしくて般若心経を声を出して読めなかった。また、うろ覚えなので、お堂の中が暗くて経本がよく見えない。もう最初から悪戦苦闘の連続だった。幸い二番札所の極楽寺では団体客が読経されていたので、ご一緒させていただいた。三番札所はどかで見覚えのあるようなお寺名であった。金泉寺と書く。コンセンジと読む。多良岳の金泉寺と同じなのだ。

それぞれの札所で納所と読経を済ませたあとで、納経帳と判衣に記帳をいただいた。これを家宝にしている人も多いと言う。色んな思いで歩いていると、途中で福岡から来たというタクシードライバと大阪から来たという母娘のお遍路さんと声をかけあった。タクシードライバは厄年の記念にということだった。母娘は73才になるという母親をいたわりながらの道中のようで娘さんの心遣いがとても微笑ましかった。小生も亡き母を一度連れて来てやればよかったと思ったの。今日は広島から高速バスで瀬戸大橋を初めて渡って四国に乗り込んだ。明日からは本格的な歩き遍路が始まる。どん
な旅になるかワクワクドキドキである。
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昨秋、還暦の記念として四国八十八ヵ所の通し打ちに挑戦した。
38日間かけて、無事結願、今夏高野山奥の院を参拝して満願を果たした。

この記録を報告したい。
読者にもバーチャル体験していただいて、できれば挑戦していただきたいと思っている。人生観が一変すること請け合いである。

明日くらいから連載にかかりたいと思っている。
その前に、何故、お遍路に挑戦したかについて語りたい。
単なる思いつきでなかったことは確かである。今から20年ほど前、小生が40歳の頃、実は仕事や私生活でストレスが溜まり、このままでは健康に不安がありとても定年まで勤め上げることは出来ないと判断して一大決心をした。ライフスタイルを変更したのだ。

その一大決心した計画を「わが人生の時刻表」としてまとめた。
二つある。一つはライフステージごとの目標を定める。もう一つは生涯目標を定めることであった。

一つ目のライフステージごとの目標は、ざっと以下のようなものである。

45歳ー将棋教室を始める。田舎暮らし・百姓を始める。                           50歳ー将棋の「小学生名人」を誕生させる。日本百名山に挑戦
55歳ー作家デビュー
60歳ー四国遍路に挑戦、定年後はボランティア活動で世間に恩返し
65歳ー作家として「芥川賞」にノミネートされる。世界一周旅行に船で出発
70歳ーケセラセラ・・・
こんなふうである。実現したものもあれば頓挫したものもある。でも、これは自分自身に課した目標であるから、ある意味ではどうでも良いのである。

二つ目は、生涯目標である。
それは、1日10kmを歩くこと。それと1週間に1冊の本を読むことである。
これは20年間継続している。歩くことは世界2周目に入っている。読書は1,000冊を超えた。

目標を持つことは、とても大切である。小生みたいに元来が怠け者にとってはなおさらである。
それと、目標をもつことは楽しい。実現した時の達成感はなんともいえない。その一つが四国遍路の旅だった。明日からは、連載を始めたいと思う。
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彼岸に想う!

2009年09月23日(水)
巷では「シルバーウイーク」と言うそうだが、どうも馴染まない。
大体が敬老の日は9月15日と言うのが頭にこびりついて離れないし、敬老の日を含めて「シルバー」という名称も面白くない。5月のゴールデンウイークにひっかけてシルバーウイークという説もあるようだが、いまいちピンとこなかった。

それはそれとして、連休はお彼岸であった。
我家は夫婦とも両親はこの世に居ないから、お墓参りに行くのだが、親孝行のかわりに、叔父夫婦を誘って墓参りのついでに温泉に浸かって帰ることにした。

前々から一度は訪れたかったのだが、本野町にできた新しい温泉に行くことにした。
岩盤浴は多すぎて経験できなかったが、風呂に入り昼食を食べて、日頃のご無沙汰を詫びながら近況報告をした。

たまには、昼間から刺身を食べてビールを飲んで先祖に思いを馳せるのも良いもんだ。
今日はお彼岸らしい一日を過ごせて「シルバーウイーク」に満足したシルバー達?だった。
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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