昨日一日は新道町・社会福祉会館での会議が予定されていた。
少し、運動不足気味と5月の3日~4日の105kmウオークラリーのトレーニングを兼ねて我家から歩いて出勤することにした。
本明町まで下りてきて、諫早高校グランド付近から本明川河川敷を歩くのが好きなコースである。川の流れを横目にオーディオプレーヤーを聴きながら歩く。今日は吉田拓郎の曲を聴くことにした。♪北の町ではもう・・・♪ではじまる襟裳岬を聴いていると、北海道だけでなく東北地方の被災地が脳裏に浮かぶ。複雑な心境になった。しばらく聴いていると♪結婚しようよ♪に続いて♪落陽♪が聴こえてきた。♪・・・苫小牧発仙台行きフェリー・・・♪と唄いだした。なんとも複雑な心境である。いつものように心が弾まない。でも仕方ない。なんとか立ち直ってもらいたいと心から願うばかりである。原発を含めて一日も早い収束と復興を祈る。

2時間かかって社会福祉会館に到着。特に用事はなかったのだが、3階のHOTHOTBOXに顔を出すと、今日から試験的に通所しているという「体験通所者」がお見えになっていたので、少し話し込んで、この作業所について理解を求める。10時からは精神保健福祉ボランティアグループ「はままつな」の総会であった。12時過ぎまで議論が続けられた。

時計を見ると12時30分。大急ぎで握飯を頬張る。13時には午後13時30分からの会議「諫早市ボランティア連絡協議会諫早支部の運営委員会」が予定されており、副支部長をしておられる立川勝先生をお迎えに行くことになっていたのである。視覚障害をお持ちであるが運営委員会への出席をお願いすると快諾していただいた。

13時30分からのボランティアの会議は5月の総会へ向けた会議であった。終って、立川先生をご自宅へお送りして、とんぼ返りして総会案内の資料作り、発送準備を行う。あっというまに17時になる。

お遍路講演会をしてくださるとの事であるが、準備が十分ではなく資料作りに追われる。今回、60歳の手習いでパワーポイントにも挑戦してみたいと張り切っている。どんな講演会になるのやら、乞う!ご期待というところか。

「福島原発 」
枝野幸男官房長官の発表。原子力災害対策特別措置法に基づく措置。計画的避難区域は浪江町、葛尾村、飯舘村の3町村の全域と、南相馬市と川俣町の2市町の一部。原発の北西20~40キロにあたり、放射性物質が大量に原発から放出された際に風下に位置していた。緊急時避難準備区域は、広野町、楢葉町、川内村の3町村全域と、田村市と南相馬市の2市の一部。一部が指定される市町村内での詳細な区域割りは今後発表する。区域指定による避難は政府の支援、補償の対象となる。原発から半径20キロ圏内に出している避難指示は継続する。

政府の決定に対象地域住民は説明も十分でなく後手後手に回る対策に不安と憤りを隠せない。また、更におどろくべことに、「福島原発レベル7へ」という発表もある模様である。チェルノブイリと同じレベルで、更に悪化も予想される状況である。政府や東電の発表などもはや信じている人は少ないのではないか?
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日頃、お世話になっている先輩から誘われて、大正琴の発表会に文化会館にでかけた。大正琴の音色も日頃の精進の賜物として素晴しい演奏であった。特に最高齢88歳の先輩の晴れ姿は感動的であった。

今日は更に輪をかけて二つの感動をいただいた。
骨形成不全症(こつけいせいふぜんしょう。易骨折性・進行性の骨変形などの骨脆弱性を示す病状に加え、様々な程度の結合組織の病状を示す先天性の疾患である。小児慢性特定疾患に指定されている。)で身長が伸びず(142cm)、両腕も伸ばせない症状のため、手を重ねて歌う姿に小学生時代には執拗ないじめを受けた。7歳からの数年間は宮崎市の宮崎県立赤江養護学校(現・赤江まつばら支援学校)に籍を置いて寄宿舎生活を送った。そんな苦労体験を持つカウンターテナーの歌手=米良良一が実に光り輝いていた。苦労人だけあって、当初予定していた唄を急遽変更してオープニングは♪寒い朝♪(吉永小百合のデビュー曲)で東北地方の被災地を思いやった。

一つは、142cmという身長である。わが子とは病名(成長ホルモンが未分泌)こそ違え低身長(我が子は146cm)であること。そこに我が子と共通の悩みを克服した姿を見た。

更にも一つは、母親に育てられたという共通性である。長崎出身の三輪明宏によって歌い継がれたヨイトマケの唄を聞いていて涙が止め処なくあふれ出てしようがなかった。♪学校帰りに母ちゃんの働くとこをみた・・・♪というところ。土方(日雇い労働)をしていた母親を見て、「ヨイトマケ(日雇い)の子、きたない子といじめられて、母親に慰めてもらおうと帰ってきたが、男にまじって必死に働いている姿を見て、いじめに負けないでがんばろうと学校へ帰った」という唄の文句のところでは、周囲を憚ることなくハンカチを出して涙をぬぐった。小生の原体験と重なったからだ。(小学3年生の頃、父親を亡くし、母親は日雇い労働をしながら我々3人の子どもを育ててくれた。赤貧を経験したけれども、亡き母が、どんな思いで育ててくれたのかと思うと、こみ上げてくるものがあった)。

ヨイトマケの唄は美輪明宏も素晴しかったが、米良良一によって更に進化したように思った。実に素晴しかった。今年1年分の涙を流したような気がした。誘ってくれた先輩に感謝感謝である。

「追記」
大正琴発表会の前に、諫早市営野球場で桜並木の下で昼飯を食べようと弁当持参で行ってみると、九州高校軟式野球長崎県予選決勝戦が行われていた。
五島南高校対奈留高校であった。もうはるか45年前になるが五島の福江に勤務したことがある。五島南高校も奈留高校も仕事の管轄エリアだった。新入社員としての赴任地であり、先輩から連れて行かれた初仕事は渡海船で奈留島に行くことだった。島の温かい人情に触れた4年半の勤務を思い出してとても懐かしく表彰式まで見せていただいた。野球をみると身体がウズウズする。還暦野球でも始めてみるか!と思うのだが・・・。
少し肌寒かったが家族連れの花見客が何組が弁当を広げて一家団欒を楽しんでおられた。
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娘から3年B組金八先生の特集番組があるから観れと勧められた。
4時間の特集番組だという。金八先生=武田鉄矢というイメージが強烈である。そういう意味では武田鉄矢の俳優人生の集大成ともいえるのではないかと思って観た。水戸黄門ほどでもないがパターン化された番組とも言えなくもないが、問題児を立ち直らせることの意味を生徒に人間形成の過程として諭していく。教師に対する暴力や非行、不登校などの結果に対する対症療法ではなく、その根本原因にするどく迫ると言うところにこの番組の真骨頂があるように思えた。

元々、武田鉄矢は好きな俳優で良くコンサートにも出かけたものだ。海援隊の唄が聴けると思って行ってみると講演会かコンサートか訳の分からない位に武田鉄矢はよく喋った。でも、さすがに教育大学出身だけあって、説得力のある内容に、俳優と言うより教育者の面影をみたものである。
武田の曲では♪贈る言葉
♪が良く知られているが、たしかに名曲ではあると思うが、小生は♪声援♪の方が好きである。
♪ 貴方が言葉を 覚えたのは 悲しみ語るためですか どうか何度も 泣いてください  うれし涙に出会うまでは  春の陽射しを見つけるまで だれもが寒い 旅人なんです 涙で汚れた 貴方の顔に 僕は 声援 送ります・・・♪このフレーズが大好きである。
武田(海援隊)の唄はなにか人生訓が詰まっているようで人情味があって、小生みたいな「浪花節人生」にはピッタシなのかもしれない。

そういえば3年ほど前、四国遍路八十八箇所を38日間かけて通し打ちを敢行した時、愛媛県の宇和島付近から九州が見えた。その時、郷愁に駆られて思い起こした唄が♪思えば遠くへ来たもんだ♪であったことを思い出した。宇和島付近は未だ45番札所付近なので、お遍路は道半ばというところだったので、歌詞の通り♪この先どこまで行くのやらぁ・・・♪の心境にピッタリだったのである。お遍路さんが、白装束で菅笠被って杖ついて♪思えば遠くへ来たもんだ・・・♪と唄ったもんだから、通りすがりのおばあちゃんが「おかしな、お遍路さんな~し」(宇和島では、語尾にな~しと付け加える)と思ったに違いない。

薄れゆく古き良き日本の伝統的人間関係=向こう三軒両隣の支えあいを彷彿させてくれた3年B組・金八先生特集であった。涙あり、笑いありの心洗われるひとときであった。

昨日は午前中、精神保健福祉ボランティア「はままつな」の定例会、午後からはHOTHOTBOXの理事会であった。両方とも今年度最後の会議であり、新年度から人心一新で臨む事になりそうであるが、贈る言葉と共に新たな出会いが始まる。
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音楽は最愛の友

2010年05月10日(月)
小生はいつも自転車か歩きである。ほとんど車には乗らない。歩いていると時々「乗りませんか?」と声をかけていただくことがあるが、申し訳ないのであるがお断りするようにしている。

歩いていると、もちろん体力の増進にはなるのだが、気持ちがゆっくりなるのが良い。スローライフの典型である。
そして、色んなアイデアが浮かんでくるから不思議である。だから、バッグの中にはメモが手放せない。

考える時間と共に音楽が聴けることが気分的にとても爽快になる。
もちろん団塊の世代としてはフォークソングである。吉田拓郎・チュウリップ・かぐや姫・高田渡・岡林信康etc一瞬にして青春時代に引き戻してくれる。青春時代の良い思い出ばかりでなく、「脛の古傷」のほろ苦い思い出も蘇る。

そんな青春時代を経て現在がある。
40歳の頃、作成した、こうあればいいなぁ!というライフスタイル=「我が人生の時刻表」では、既に退職して悠々自適の生活を送ることになっていたのだが、当分の間、叶いそうもない。
今日もオーディオプレーヤーから爽やかなメロディーが流れている。

さて!
これからの人生どうなるか!歌の文句ではないが♪ケセラセラ♪である。
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愛犬との朝の散歩にオーディオプレーヤーは欠かせない。
今朝は曇り空だが、その雲を吹き飛ばすかのようにさわやかな歌声が流れてくる。
♪私はきょうまで生きてみました。時には誰かに励まされて・・・♪
そうです。吉田拓郎のデビュー曲「今日まで、そして明日から」という曲だ。
この歌を小生は人生のメッセージソングだとおもっている。

この歌は「生きていく過程では、裏切られたりすることも多いが、また、暖かく励まされることも多々ある。だから、明日からも元気を出して生きていこう」と唄っている。

もうかれこれ30数年前にこの歌をつくった青年・吉田拓郎はすごいな!といつも思いながら聴いている。朝から拓郎の歌を聴くと、なんか元気を貰うから不思議だ。やはり団塊の世代にとってフォークソングは青春そのものであり、青春時代の色んな出来事を思い出して、そうなるのかもしりない。

でも、今日の格差社会の中で、明日の生活もママならない若者達をみるにつけ、将来への希望と展望がもてる、そんな社会にしていかないと・・・と内心思っている。
今、政治が抱える課題は仕事・福祉・子育てなど山積している。
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総選挙の最中、早朝の行動が終って、次の行動まで1時間程度余裕があったので、早速、床屋さんへ駆け込む。なんとなくせわせわしている感情の中で、髪きりと洗髪は休養を兼ねて、しばし憩うことができ、最高の気分であった。

店主と自然と選挙や巷の世間話に移る。
気分としては、うたた寝したい気分で、生半可な相槌をうちながら聞いていると、一気に目が覚めるような話になった。

店主自らの近況報告であった。
子どもさんを大学にやり、家族に通院者を抱えて、今、昼間は床屋さんとして目一杯働き、今朝は4時までスーパーマーケットの清掃作業をアルバイトでしていたという。

「いつ?寝るのですか」と聞くとほとんど寝ていないという。
小生の友人で、この床屋さんのように2箇所で働く人々が増えている。
生活がぎりぎりで成り立たなくなりつつあるのだ。

♪こんな社会に誰がした・・・♪である。
そうです。小泉元総理大臣が登場し「自民党をぶっ壊す」と語る言動に酔いしれて、4年前に自民党に投票してしまった。それが、間違いの始まりでした。

今日の社会を「すべり台社会」と言うのだそうです。
いったん滑り出すと止まることを知らず、落ちるところまで落ち込んで、そこから這い上がれない状況を、そのように言うのだそうです。

国民は怒って、自民党を見放そうとしています。
これだけ国民生活が犠牲にされ、格差社会が現実のものになるとそのような選択も必然かもしれない。

そのような歴史的政権選択の総選挙もあと4日を余すのみとなった。

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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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