いつも、この時期なんだろう。でも今年は特に首を、なが~くして待ちわびた。
5月3日~4日に開催された第38回佐世保~島原間ウオークラリーの感想文集が届いた。最終回だったこともあって感想文集は自分の写真が表紙を飾ると言う粋な計らいである。さすがに最終回の企画として素晴しい。
写真のTシャツを見て、小生の105kmへの思いが如実に表れていて大いに満足で、我が人生の生涯に残る輝かしい1ページが追加されたと思っている。
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第38回105kmウオークラリー(最終回、5月3日~4日)の有終の美を飾る事ができた。
一緒に参加した障害者のNさんと島原まで送迎を買ってでてくれたAさんと3人で寿司をつまみながら祝賀会を開催した。2週間も経つと、きつかったことも良き思い出となってくる。小生は、12回参加して、たった1度の挫折(大村でリタイア)が11回成功の支えになっていることなどを語った。

Nさんとは、障害者通所施設NPO法人HOTHOTBOXで知り合った。4年前、意気投合して105kmウオークラリーに誘った。通所者のリーダー的存在であるNさんのがんばりが同じ境遇の人たちの勇気づけになればと思ったからである。だが、2年連続挫折を味わった。「Nさんには無理ではないか。誘わなければよかった・・・」と後悔の念に駆られた。しかし、Nさんはがんばった。昨年見事に完歩、そして今年は2年連続の完歩という輝かしい成績を収めた。Nさんのがんばりは周囲を変えた。一目置かれるようになった。各チェックポイントの応援団もすごかった。

Nさんは、寿司をつまみながらぼつぼつ語った。Nさんは漢字がうまく書けない。感想文を書いて送るようにNさんに伝えていたが気になって聞いて見ると、デイケアのケアマネージャーの方が代筆してくれたとのこと。こんなところにもNさんと周囲の人間関係の一端を見ることが出来る。今年の感想文集(8月頃送ってくる)は最終回と言うこともあって自分の写真が表紙を飾る。特別な感想文集になるのである。

Nさんと4年連続一緒に歩いたが、同時にAさんも4年連続送迎を買って出てくれた。いわばチームで支えあったことになる。いわば「チームATN」とでも名付けようか。巷は連休と言うのにAさんには時間を割いてくれて感謝感謝である。そんな想いが一杯詰まった祝賀会であった。もちろん、生ビールの味が最高だったことは言うまでもない。

【もう一人のNさん】
朝、新聞を配って8時からはNさんと毎週恒例のコーヒーブレーク&爺(時事)放談であった。昨日はNさんが8時前には喫茶店に来ておられて、小脇になにやら袋を抱えておられたので「また、本を薦められるのかな?」と思ったが違った。小生に見せるための資料であった。アーケード街の現状分析をした資料だが、議員として是非、知っといてほしいとの事。大いに参考になった。Nさんとの会話は多岐に亘る。干拓開門阻止訴訟募金・原発・活性化etcいつもの通り10時まで2時間語り合った。

【カネミ油症事件】
被害者のSさん(諫早市在住)から、お便りが届く。40年以上も前に被害に遭って今なお苦しみ続けている被害者の実態が綴られていた。ほとんどの被害者が名前を明かさない(それほど偏見や差別が根強い)中でSさんは実名を公表して活動をなさっている。図書館に「回復への祈りーカネミ油症40年記念誌」がある。手にとって読んで、いたたまれなくなってSさんに手紙を書いた。その返事であった。これからも注意深く見守りながらなにか支援することがあればお手伝いをしたいと思っている。

【辻立ち】
2時間程度、「自転車議員が駆ける」という小生の議会報告紙を配布した。受け取ってくれる人は6割程度。でも、中には「読ませてもらってます」とか「こんなことがあるんですか!」とか様々な反応があって面白い。これからも市民に一番近い議員でありたいと思う。

【要約筆記会】
新年度養成講座が開催されていた。「不良会員」なのだが、顔を出せる時は出しておこうとお邪魔した。会員の方々から色々と声をかけていただく。「多良岳の仙人ブログ。(お気に入り)に登録しています」との嬉しいお話も飛び出す。こりゃ!手抜きはできないぞ!しっかりブログの更新を続ける決意を新たにした。

【老人会】
老人会青年部の小生。本野町老人会の新聞作りを買って出た。そのニュース作りをした。

色んなことに顔を突っ込んで、色んな人と話をする。そんな毎日である。

【福島原発】
電力不足のキャンペーンがはじまった。さも、原子力がないと困るかのようなキャンペーンである。菅政権も浜岡原発の停止までは踏み込んだが、その後の対応は足元がふらついている。なんとお粗末な内閣かといいたい。これだけ深刻な被害がまだ続いているのに「安全が確認できれば・・・」などと休止中の原発再開を口にしだした。
政府は「安全神話」は崩壊したが、「放射能は少々浴びても大丈夫」と基準を大幅に緩和して「安心神話」を振りまいている。福島県全土が今までの基準では住めなくなっているという大被害を目の当たりにしてもなお、原子力に依存する体質とは一体なんなのかと憤りを覚える。「長崎を福島みたいにしたくない」ので脱原発の取組みを強化していきたい。電力不足は様々な知恵を出し合って、それでも不足するなら、節電すれば住むこと。いわば我慢である。原発被害の壮絶さに比べれば、節電ぐらい「へのカッパ」である。念のため「多良岳の仙人」宅にはクーラーはない。
7月2日(土)13時~脱原発講演会・諫早市社会福祉会館
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105kmウオークラリーの後は1日~2日は放心状態になる。何をやっても手につかない。何かをしようと移動するのにも厄介である。だから、なにもしないことに決めている。

このなにもしない時間・空間があるというのが、小生の精神状態に非常に効能があることがわかった。
ぼんやりと、ゆっくりとした田舎の時間の流れのままに時を過ごす。これがまた、堂々と出来ることが嬉しい。

というのも、電話があっても「実は5月3日~4日に105kmを歩いて満身創痍で身体を動かすのがやっとなんです」と応えると、殆ど100%の人が「それはそれはお疲れ様でした」と労った後で「お大事に・・・」とご心配してくださる。ほとんど、これで要件は一件落着。5月5日~6日はそのような感じで一切の用事をキャンセルして過ごすようにしている。

でも、どうしても、こなさなければいけない要件の時が困る。冠婚葬祭は特にである。第一、靴が履けないのであるから様にならない。まさか、背広着て下駄履いて出かけるというわけにはいかない。以前、連れ合いの肩を抱いて結婚式に出席したことがあるが、ちょっぴり恥ずかしかった。

この2日間、家族に対しても公然と家事など「何もしない」で過ごせるから、大居張りで寝転がっていられるのがとても気に入っている。何故かこの間は、家族も普段に倍して優しくしてくれる。「お茶持ってきて・・・」、「○○を買ってきて・・・」etc、二つ返事で頼まれてくれる。(いつもこんなことを頼んだら、「自分の事は自分でしてください」と言われるのが分かっているから頼まない)。

要するに何の気兼ねもなく真昼間から朝酒をしないだけで、朝寝、朝風呂、昼寝、三食付の豪華な至福の時間を過ごしているということだ。おまけに、「12回参加して11回も完歩して、たいしたもんだ・・・」とお褒めのおまけつきである。

「いつもこんなにあったら良いなぁ~」と調子に乗ると、そうはいかない。
さっそく明日は知り合いから調査依頼があって視察に出かける。つまり、日常生活が始まる。家族も昨日までとは打って変わって、普段の家族関係に戻る。調子に乗って「お茶を持ってきて・・・」といえば「そこにあるでしょ」、「爪切りがない」といえば「自分で探してよ」、一事が万事こんな調子である。最後には駄洒落付きの痛烈な批判が飛んでくる。「大の大人がそんなに家族に頼っていては、草野球のキャッチャーみたい」という。そこで小生「その心は・・・」と謎解きを求めると「(キャッチャー)ミットもない」つまり「みっともない」ということらしい。座布団3枚である。

昨日・今日はなんにもしないで(もちろん、筋肉痛でなにもできないのだが・・・)至福の時間を過ごした。
これも過酷な105km佐世保~島原間ウオークラリーを耐えてつかんだ栄光への家族や周囲からのご褒美と受け止めて、ぼやりと、ゆっくりとしたなんにも考えない時間を過ごさせていただいた。
明日からは自転車議員の奮闘が始まる。

【脱原発へ一歩 浜岡原発全炉停止へ】
政府は原発の中でもっとも危険であると専門家などから指摘されていた浜岡原発について原子炉全炉の停止を中部電力に要請した。脱原発の第一歩としてエネルギー政策の転換への動きが加速される可能性がある。玄海原発など稼動している全国の26基の原発を停止に追い込んでいく運動に拍車がかかるのではないか。
浜岡原発原子炉建設に関わった技術者の発言を聞いていると、寒気がしてくる。もし東海地震が起きると浜岡原発の原子炉が破壊され、福島の数十倍の被害が想定されるという。東京を含めた首都機能が消滅し日本沈没につながる危険性が指摘されていた。
心からの叫び!元原発技術者菊地洋一さん中部電力靜岡支店で訴えた
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1,200名を越す参加者でスタート地点のアルカス佐世保はあふれ、第38回佐世保~島原105kmウオークラリーが開催された。小生も12回目(10回完歩)の参加をした。

参加するときはいつも、前年度のタイムを目標タイムとしてチェックポイント毎の書き込んだメモ持ち込む。
彼杵CP(30.4km地点)=17時7分、大村CP48.4km地点)=20時36分)、愛野CP(74km地点)=2時23分、古部CP(81.1km地点)=3時56分、湯江CP(94.6km地点)=6時41分、島原城(ゴール地点)=9時19分。
前年度との比較した結果は以下の通りであった。(カッコ内が前年度)
☆タイム 19時間10分(21時間19分)
☆順位  466位(371位)

今回の105kmウオークの特徴は、最終回ということもあって参加者の急増であった(昨年860名)。更に、初参加の多さである。600名くらいという情報を教えていただいた。名古屋からの参加女性と話す機会があったが、ラストウオークということで特別な思いで参加したとの事。

さて、ウオークラリーの模様をお届けしたい。
スタートが大変だった。
 道路の両脇の歩道に参加申込番号毎に振り分けてスタートした。生憎の雨模様であったが、カンカン照りよりはるかに良い。雨もパラつく程度で大したことはなかった。
とにかくペースが速い。
 初参加も多く、ペース配分をわきまえない。ただでさえ、大会になるとペースが速くなる。前半オーバーペースにならないよう気をつけて歩く。最初の彼杵CPには前年より10分遅れで到着。まぁまぁのペースである。ここではバナナとみかんとお茶をご馳走になり、休憩を取らずに先を急いだ。
*歩きの工夫
 ただ、黙って歩いては、つまらないし、面白くないので、どれだけの参加者を追い抜いたか数えながら歩いた。とにかく、若手と初参加の人はペースが速い。彼杵CPまでは特にそうである。であるから前半スローペースで入るようにしている。(それでも、彼杵CPの通過タイムが17時前後。時速6kmである)。川棚駅前休憩所付近(チェックポイントではないが湯茶の接待をしてくれる所)から追い抜いた人数をチェックし始める。歩いている人を追い抜くこともあるが、小生の場合、休憩所やチェックポイントで休憩する人を尻目に、できるだけ休憩を取らないことで追い抜いていく。彼杵CPを通過する頃には160名を追い越していた。
お接待に感動
 105kmウオークの特徴は、チェックポイントで湯茶の接待をしてくれることと、私設の接待所が設けられることではないか。チェックポイントでも果物・パン類など至れり尽くせりのお接待であるが私設のお接待も心がこもったおもてなしを地元の方々がしてくださる。
 大村の原口付近では、自家製の漬物や梅干、ミニトマトなどが振舞われた。大村CPへもほぼ予定通りに到着。ここで「私設応援団」から接待を受ける。今回も障害者のN君と一緒に歩いた。N君は4年連続4回目の参加であるが昨年3度目の挑戦で初完歩をした。N君のためにデイケアの看護士さんが見えた。また、小生がボランティア理事長をさせてもらっている通所施設からは指導員が一家総出で出迎えてくれた。この通所施設にボランティアとして活動を支援してもらっているMさんは毎年応援に来てくださる。我家からも親子で応援に来ていた。それと、いつもお世話になっている地元の方の息子さん夫婦が今回出場されていたので、家族が応援に来ておられ、小生も激励を受けた。
*お接待について
 激励に来て下さる方は、手ぶらでは来られない。実はそれが非常に戸惑うになる。差し入れを持って歩くわけには行かない。とにかく荷物は1gでも軽いに、こしたことはない。かといって、いただいたものを全部食べれない。特に大村CPは食事を準備してあって夕食を摂るからなおさらである。贅沢な悩みなのである。これまで、一回も休憩してこなかったこともあって、約半分(48.4km)でもあるし後半戦に備えて1時間程度休憩した。
地元入り
 21時30分にスタートして一路諫早をめざす。
鈴田峠はきつい。おまけに真っ暗闇の中で懐中電灯を点けて歩く。「お国入り」はいつも夜中に近い。諫早には休憩所が置いてある。例年だと競技場の前なのだが工事中なので運動公園入り口に変更されていた。大村からはN君と二人三脚のウオーキングである。(N君は緊張すると、とにかくトイレが近い。「スタート5分前!」とか放送されると、それまで5分置きくらいにトイレに行っていたはずなのに「仙人さん!トイレに行ってくる」と駆け込む。歩きの途中でも同じ。だから、いつも見失って別々に歩くことが過去は多かった)。
0時を回る頃、諫早休憩所に到着。またまた「私設応援団」から大歓迎を受ける。実のところN君も小生も疲れ気味で体調が今一であった。でも、「仙人さん!こんなに応援してもらったらリタイアされんごとなるね」とのN君の言葉に励まされて島原半島を目指す。この頃、260名を追い抜いていた。
気力と根性が試される
 ウオークラリーに参加するためにトレーニングをする。N君と1ヶ月ほど前に諫早~島原間、45kmを歩いた。きつかった。一人で歩いていたら途中で止めていただろう。だから、大村までは大体歩けるとの自信はあったが、佐世保から60kmの諫早からはとにかくきつかった。何回か前の大会でも森山のバス停で2時間睡眠をとった事もある。疲労に加えて睡魔との闘いが始まる。とにかく、きつい時はオーディオプレーヤーでフォークソングを聴きながら気分転換して気持ちを奮い立たせるようにしている。ところが、ところがである。充電のメッセージが点灯している。後の祭りである。どこまで聴けるかわからないが、え~い、ままよと聴きながら歩く。
*N君との約束事
 一緒に出場はするけど、別々に歩くことが多い。というのも、あまりお互いを気遣うと両方とも、つぶれてしまう。そこで、予め約束事として、自分の調子が良かったら相手に構わず先に行っても、けっして失礼にはならないとN君と約束している。4年前に初出場の時からこの約束事は続けられているが、小生も正直言って「N君をサポートしてあげたい」との気持ちがないわけではなかったが60km過ぎくらいになると、そんな余裕は吹っ飛んでしまって自分の事で精一杯になる。それと、まさか、こんなことは想定外だったのだが、前回、N君が初完歩したときは小生よりN君が速かったのである。つまり、小生が置き去りにされてしまった。約束事がなかったら、N君は遠慮して小生をサポートしてくれていたに違いない。
いよいよ島原半島へ
 愛野CPでN君が少し休憩するというので、小生は休憩なしで先に行くことにした。古部までは7.1km。楽な区間である。普段、7kmといえば簡単に歩ける距離ではないと思うが、105kmでは一番の短い区間なのである。吉田拓郎の軽快なフォークソングもあってルンルン気分で古部チェックポイントを休憩なしで通過。
最大の難所区間=疲れもピーク
ところが、手続(CPではバーコードの読み込みと記帳がある)の時、外していたオーディオプレーヤーを聴こうとイヤホーンを装着すると残念、電池切れである。やむなく歩き始めた。
とにかくきつい。この区間は最終区間の手前で13.5kmの区間である。通常だと3時間弱で歩くのだが、足が動かない。あまりの苦痛に時計ばかりに目がいく。2分~3分置きに時計を見る。20分置きに休憩をとる。そうこうしているとN君が追いついてきた。N君も障害を抱えている上に腰痛の持病がある。相当にきつそうである。290名まで数えた追い抜きも、逆に一辺に100名程から追い抜かれてしまった。悪戦苦闘、四苦八苦、七転び八起きしてやっと湯江のチェックポイントにたどり着いた。
ラストウオークのラスト区間
 現金なものであと10.4kmというラスト区間にまで来てしまうと猛然とやる気と勇気が沸いてくる。達成の希望が見えてきたからである。それでも10.4kmといえばそんなに楽ではない。身体は疲労困憊なのだが、気分的に楽観的になっているのである。N君も急に元気になった。おそらく2年連続で完歩できるとの確信を得たからであろう。
残り、5km位になると「仙人さん!ガッツポーズはどがんしますかね」とか「祝賀会はいつ頃になりますか」など次々と語りかけてくる。人間疲れると無口になる。現在は逆の心境なのだろう。実は4回N君と一緒に参加したが最終区間を一緒に歩くのは初めてある。従って、ゴールの瞬間もお互いには分からなかった。今回は違う。一緒にゴールできるのである。あと500mの所でN君が通うデイケアの看護士さんがカメラを構えている。歩きながら考えたガッツポーズで応える。ゴールには、実行委員会の撮影のほかに「私設応援団」のカメラマン、デイケアの看護士・ケアマネージャーなど「N君応援団」も連休を割いて来ている。そして無事ゴールである。

終わりに
 いつも迎えに来てくれるのはN君と小生の共通の友人Aさんである。N君は看護士さんと小生はAさんと帰路についた。N君と小生の挑戦は終った。表彰式では38回の大会を取り仕切ってきた堀田実行委員長の大会を振り返っての挨拶の中で支えてくれた人々への感謝の言葉と涙がとても印象的だった。彼なしにはこの大会もここまで続けることは困難だっただろう。本業を持ちながらのこれまでウオークラリーにかけてきた情熱に感謝である。本当にご苦労様でした。小生も、11回完歩という自分史の金字塔を打ち立てることができた。この大会を通して、忍耐や目標を持って生きることの大切さを学んだような気がする。いただいた感想文集や賞状は何にも変えがたい小生の宝物となった。これを糧にまた、明日からの人生を歩むことになる。
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【第38回105kmウオークラリー速報】
感動の全記録掲載
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いよいよ明日に迫った佐世保~島原間105kmウオークラリー。なにか小学生の遠足や運動会の前夜と同じような心境で、童心に返ってワクワクドキドキで興奮して今夜寝れるかが心配である。12回目の参加と言うのに自信・不安・期待・挫折・成功・希望etc色んな気持ちが無い混ぜになって複雑なのである。

毎回のことではあるが、5月3日は憲法記念日であるので憲法九条を印字したTシャツを着て参加する。いわば。憲法と同行二人の105kmウオークラリーである。
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3年前、四国八十八箇所の遍路も弘法大師=空海さんと「同行二人」の一人旅だった。空海さんに後押しされて無事結願できたと思っている。今回も、平和を守ろうとの想いで歩く小生の気持ちは憲法が支えてくれるだろう。
人生は陰に陽になにかに支えられて自分の人生がある。平和憲法があったお陰で半世紀以上も戦争に巻き込まれなくて済んだ。

今年はまた特別な想いで歩く。
大震災と原発災害である。家族を失い、生きる希望をなくし、それでも立ち上がろうと懸命に努力している被災者。追い討ちをかけるように襲いかかった原発災害。かける言葉も失ってしまう。東日本の人々には真に申し訳ないが、日々平穏であることがいかに幸せかとつくづく思う。何の心配もなく歩ける幸せを思う。天災、人災とは、自然と人類の共存とは・・・。そんな想いを胸に秘めて歩いてみたい。

障害のあるN君とも4年連続一緒に歩く。N君は昨年3回目の出場で初完歩。そのことを障害福祉講演会で発表して同じ境遇の障害者へ強烈なメッセージを発した。今回も大いに張り切っていて、トレーニングとして島原まで一緒に歩いたりもした。毎食後インシュリンを打ちながらというハンディを見事に克服して今回も二度目の完歩に挑戦である。幼少時代、不遇で、今が一番幸せというN君。去年は愛野付近で追い抜かれてしまった。20時間40分でゴールしたN君。21時間19分でゴールした小生。「今年こそは、N君に負けないぞ!」と切磋琢磨してともに完歩をめざす。

【福島原発】=【小出裕章氏(京都大学)と福島みずほ社民党党首対談】
脱原発について
また、4月29日明治大学で行われた講演会は聴衆であふれ、小出氏は会場に入りきれなかった聴衆に対して絶句しながら脱原発の必要性を訴えた。
絶句する小出氏
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毎年5月に開催される佐世保~島原間の105kmウオークラリーが来年の38回大会で終了するとの情報が入った。
全国各地から1,000名近くの参加者があり、恒例の伝統行事になっていただけに複雑な思いである。考えてみると、このウオークラリーは実行委員会形式でボランティアを含む民間で取り仕切ってきたと聞いており、それだけに、中心メンバーは大変なご苦労があったと思う。参加した人なら分かることだが、チェックポイント・休憩所・パトロールなど、ウオークラリー参加者はなんの心配もなく、ただただ歩くだけ。確かにきつくて辛いウオークラリーであるが、至れり尽くせりなのである。それだけにスタッフ(ボランティア含む)の苦労は並大抵ではないと思う。多分、徹夜で役割分担を担っておられるのではないか。
そんな事を考えながらも、なにか一抹の寂しさを隠せない。
今年、10回目の完歩を達成した。友人のNさんは障害を克服して、3度目の挑戦で初めて今年完歩した。過去に一度、あまりの暑さに耐え切れず、途中で自動販売機の前に座り込んだ。ジュースを飲もうと思って小銭を入れようとしたら、その自動販売機は酒類の自販機であった。それが運の付き。誘惑には勝てなかった。缶ビールを飲んでしまった。その缶ビールの美味かったことといったらなかった。だが、そこで精根尽き果てた。歩く気力を失いあえなリタイア。4回目参加くらいの出来事である。だが、失敗はしてみることである。その教訓が生かされて10回完歩を出来たと思っている。数々の思い出が蘇る。続けてほしいと思うが主催者の苦労も分かる。
正式な情報がないのでなんとも言えないが、とりあえず、来年も参加しようとNさんと話合っている。
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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