3年前の記憶を辿りながら、2時間お話をさせていただいた。
パワーポイントに初挑戦して説明資料に使わせていただいたが、技術的に今一で写真がうまく写らなかったり反省材料はあったが、ま最初だから仕方ない。これから改善していけばよい問題である。

さて、話をさせていただいて、改めて、自分の第二の人生とは何か?ということを自問自答しながら、その想いを語った。参加された皆さん方には、遍路をよりリアルに感じていただきたいと言う想いもあって、小生の宝物となった納経帳や朱印してもらった白衣を回覧しながら話をした。

もともと遍路を思い立ったことからスタートしたが、その原点は40歳の頃ワークライフバランスの必要性を痛感して「我が人生の時刻表」という、これからの人生の目標を設定したところから始まった。
「我が人生の時刻表」には大きく二つの目標が設定されている。一つは「終身目標」である。1日10kmを歩くということと1週間に1冊本を読むこと。二つ目は5歳刻みのライフステージごとの目標設定である。45歳・50歳・55歳というふうに「こんなことをやりたいなぁ~」という目標を70歳まで決めた。70歳まで生きればあとは、余りの人生つまり♪ケセラセラ・・・♪である。

とある友人から「仙人さん!、仕事でも目標管理が厳しく私生活でも目標管理では息苦しくないですか?」と問われたことがあったが、それは勘違いというもの。仕事の目標はノルマであって、かなり厳しい。でも「我が人生の時刻表」の目標はノルマではない。言えばどうでもよい目標なのだ。つまり「こんな人生だったら良いなぁ~」という希望を形にするだけである。ようするに人生にハリを持たせることなのである。

例えば、45歳の目標には、囲炉裏のあるようなログハウス風の家で田舎暮らしをして百姓でも始めたいという目標を立てた。すると不思議で、願えば叶うというか、現在の土地を友人を介して紹介していただいて住むことになり想いが実現した。そして【多良岳の仙人】が誕生した。こんなふうである。仕事以外の目標は楽しいのがキーワードである。もちろん、自己研鑽は必要不可欠ではあるが・・・。

そんな「我が人生の時刻表」の最大イベントは還暦、つまり会社人生を終えて第二の人生をスタートさせるに当たってなにをするかということであった。そこに、人生を一巡したと言う意味の還暦と、四国一周の八十八箇所のお遍路を関連付けて目標に設定した。40歳の頃である。連れ合いに内緒で、せっせとお遍路資金の積み立てがはじまったのは言うまでもない。目標をもって貯金するのも実に楽しいものである。そして20年越しの念願が叶った。

昨日の講演の中でもふれたが、お遍路をして何が変ったのか?と問われれば、何も変らなかったかもしれないし良く分からない。でも60年の人生をしっかりと振り返ることが出来たことは、これからの人生を歩むのに大いに役立つであろうと語った。振り返れば振り返るほど色んな方々にお世話になったことが思い起こされるからである。
そんな想いが第二の人生としてボランティア活動を中心においた人生設計が現在進行中という結果になっていると思う。

こんな話をさせていただいた。機会を与えてくださった要約筆記会の皆さんに感謝感謝である。締めくくりに「くじけないで」(99歳の詩人・柴田トヨさん)の本を紹介させていただいた。人生は山あり谷あり、でも柴田さんみたいに一生前向いて登り続ける人生でありたい・・・と。

【福島原発】
武田邦彦氏のブログに東電や原子力保安院の外国メディアに対する記者会見には殆どのメディアが出席しない。とうとう一人も出席せずに記者会見が行われたとの記事を見つけた。彼らの発表している内容は、外国には全く信用されていないということだろう。なんとも情けない。これが日本に対する海外らの評価である。
外人は来ない保安院・東電の記者会見
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要約筆記者の養成・研修を兼ねて、本日、社会福祉会館でお遍路さんの体験記を講演する。
小生が発行している「自転車議員が駆ける」(市議会便り・年4回発行)にも連載中であるが、おかげさまで良く読んでもらっているようである。「お遍路さんには一度は行ってみたいけど・・・」とお話される方は多い。日本人のルーツみたいなところがあって何故か惹かれるものがあるのだろう。地域にも「お弘法さん」として根付いており、特に諫早は「諫江八十八箇所」があり親しまれている。

3年前の記憶を掘り起こしたり、図書館で情報収拾したりして頭の整理中であるが、ふっ!と向井不動産の会長さんから自然保護協会の諫早公園清掃のとき本の贈呈を約束してくださったことを思い出して向井不動産を訪れてみた。実は、向井会長さんもご夫婦で四国八十八箇所を結願された。その記録を一冊の本にして出版されていて、図書館にも所蔵してある。「図書館から借りて読んでますよ」と諫早公園清掃のときに申し上げたら「俺いがくるっけん・・・」とおっしゃっていただいた。

向井会長さんはお忙しいので、アポをとってからでないとなかなかお会いできないのだが、ちょうど通りかかったので飛び込んでみた。幸いにいらっしゃった。感激したのは、表紙の裏に達筆で署名がしてあった。病気ばかりする青春時代、母親が、息子(向井会長さん)を元気にするためにお遍路をすると言われていたが、叶わず、親の願いを叶えることも含めてお遍路され成就された。現在、ご高齢にもかかわらず精力的に活動を展開されている。元気になれたのも四国お遍路さんのおかげといつも感謝の気持ちを表現される。

本の贈呈という約束をサイン入りで実行してくださった。さすがだなと感心した。ここにもお遍路さんのお接待の思想が生かされていた。お遍路の思い立ちから結願まで、自分の事のように感じながら読ませていただいた。既に心は四国霊場めぐりへと向かっていた。そんな気持ちを今日の話の中で伝えていきたい。
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いつものように新道町の社会福祉会館(社会福祉協議会)にでかけた。昨日は、精神障害者通所施設・HOTHOTBOXの会計監査が予定されていた。これからの時期、総会や決算が重なるのでその準備でもある。ボランティア理事長といえども、いい加減な仕事は出来ない。しっかりと監査をしていただいた。
さて、いつも周囲には感謝感謝の日々ではあるが、昨日の出来事から二題。

社会福祉会館に到着するなり、そこで働いていらっしゃるGさんが手招きして、呼び止められた。
いままで新聞の切り抜きをしてきたけど、不用になったので譲ると申し出を受けた。ひとかかえある幾通りにもファイル化されたスクラップをいただいた。実に几帳面に整理されていて議員活動に大いに役立ちそうで感謝である。「断捨離ですか?」というと、そうですとのこと。ま、要するに小生への叱咤激励も含まれているのだろう。「しっかりがんばります」とお礼を申し上げた。

実は社会福祉会館には小生が関係する3つの仕事がある。社会福祉協議会理事としての仕事。NPO法人HOTHOTBOXの理事長としての仕事。も一つは諫早市ボランティア連絡協議会会長としての仕事である。ボランティア協議会の仕事のために3階のボランティア゛センターに足を運ぶ。すると入り口に、ポスターが貼ってあった。
ボランティア連絡協議会に加盟する「要約筆記会」(聴覚障害者支援団体)のポスターであった。小生の四国お遍路体験談を聞く講演会を企画してくださったのだ。実際に1,400KMを38日間かけて歩きとおした経験を色んな機会に話をさせていただいたので、こんな企画は大歓迎なのである。特に、お遍路文化の最大テーマである「お接待」はボランティア精神そのものであり、日本のボランティア活動の原点だと思っているので、そこらへんを中心に話をさせていただきたいと思っている。こんな機会を与えていただいたことに感謝である。
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ボランティア精神があふれる人たちと語らうと実に爽やかな気分になる。おそらく、相手の立場に立って話をして下さるからだろう。いつも心洗われるひとときである。

東北地方は震度6の余震で大停電などの被害にあった。本当に大変な日々が続いている。なんにもしてあげれないことに心が痛む。とにかく生き抜いてほしいと言う術しか知らない。
こんな時、やはり一番気になるのが、原発である。全国各地にこんなにも原発があったのかと思い知らされる。
この余震で青森の東通原発と六ヶ所村の再処理施設の電源が切れ、非常用電源が作動した。
「ディーゼル発電機が動くということは耐震設計を越えた地震に見舞われたということだ。」と武田邦彦氏(中部大学教授)は分析している。
余震で非常用電源作動
やはり、原子力を中心としてエネルギー政策を推進してきたこの国は、根本的に政策転換が迫られているようだ。そうしないと怖くて怖くてしょうがない。ただちに停止すべき原発として浜岡原発がある。予想される東海大地震の震源の真上に建設されており、地震で原子炉が破壊されれば福島原発以上の大惨事が想定される。 
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我が子を虐待したり、我が親がどうしているのやら行方不明になったり、なにか寒々とした世の中になった。「異常気象と殺伐とした人間関係。地球上の何もかもが壊れていくように思える」と友人が語った。又、「暑かったと思えば秋を通り越して一気に冬が来たような・・・。不景気な話ばっかり。なんか良か話はないかねぇ~仙人さん!」と話を聴いていた別の友人が語った。う~ん!・・・。返す言葉がない。
地球環境の異変は人間の仕業に起因している面が大きいと思うが、殺伐とした社会現象は、小生は格差社会が大きな要因の一つではないかと思っている。格差社会というのは、現実の所得格差を指すだけでなく、その固定化だといわれている。要するに明治以前の150年前の身分制度(士農工商)に似てきているというのだ。派遣労働者・パート等非正規雇用の人たちは、その生活からなかなか抜けきれない。否、現実はそういう人たちが急増しているのだ。こういう事態をものの本には「すべり台社会」と書いてあった。正規であっても生活が安定していても、一旦なにかのアクシデントに遭遇すると一気に奈落のそこまで突き落とされる社会。諫早市で見ても生活保護受給者が1,800人を越えた。貧困率(15.7%)ということを考えれば生活保護基準以下(年収200万円前後)で生活する人は4,000人とも5,000人とも言われている。ほんの一握りの恵まれた人々と圧倒的多数の「その日暮らし」という構図になりつつあるのではないかと思う。そういう中で殺伐とした人間関係が生まれてきているように思えてしょうがない。社会全体が貧しければこのような現象は起こりにくい。何故か、お互いに助け合うからである。「向こう三軒両隣困った時はお互いさま」なのである。格差社会を改善しなければ、このような社会現象は今後も続いていくことになるだろう。
助け合うということでは、貴重な経験がある。助け合うというか、施しと言ったほうが適当かもしれない。四国お遍路での体験である。1,200年も続いているお遍路文化があった。「お接待」と「無財七施」である。おそらく、一期一会である出会いと別れに惜しげもなく親切にしていただいたことを昨日の事のように思い出す。
「お接待」は分かりやすい。お金や果物など形での施しである。何回となく接待していただいた。
「無財七施」の施しも数知れずいただいたような気がする。
1.身施、肉体による奉仕。
2.心施、他人や他の存在に対する思いやりの心。
3.眼施、やさしきまなざしであり、そこに居るすべての人の心がなごやかになる。
4.和顔施(わげんせ)、柔和な笑顔を絶やさないことである。
5.言施、思いやりのこもったあたたかい言葉をかけることである。
6.牀座施(しょうざせ)、自分の席をゆずることである。
7.房舎施、わが家を一夜の宿に貸すことである
こんな弘法大師=空海にまつわる文化が1,200年もの間、四国には根付いていた。小生は、こんな文化を日本における「ボランティア活動の原点」だと思った。87番札所と88番札所の中間にあった遍路館で「遍路大使」の称号をいただいた。こんな素晴らしい文化を地元諫早で根付かせる役割を背負ったわけである。格差社会の解消と「困った時はお互いさま」の気持ち。小生に与えられた課題であり教訓でもある。
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この人はよく遍路を引用される。菅総理大臣である。
名前からして、遍路の七つ道具のひとつである菅笠の名前をもつからそうなのかもしれないが、良い意味で遍路が引用されることがないのが、ちと気にかかる。

数年前、年金未納問題が発覚して「お詫び行脚」と称して、丸坊主になって四国お遍路をまわる菅さんの姿が大きく報じられた。そして今回、選挙結果の責任を感じて、あちこちのあいさつ回りを「お詫び遍路」としてマスコミが取り上げている。

本来、四国八十八ヵ所のお遍路は、菅笠をかぶり金剛杖を持って白装束で回る。菅笠には「同行二人」(弘法大師と一緒という意)と書いてある。金剛杖は弘法大師の化身、白装束は「死装束」と言われ、死を覚悟してお遍路をするとの意味である。であるから、願い事や人生修行や人生を振り返るなどの旅として一大決心をしてお遍路に行く人が多い。

犯した罪を告白し、許しを請う懺悔(ざんげ)としてのお遍路も確かに含まれるであろうが、でも、こんな形でお遍路が注目されると「お遍路さん」たちがかわいそうである。小生も2年前お遍路にでかけ1番から88番まで1,400kmの通し打ちを敢行した。そのお遍路に行く時、友人から「なんか懺悔するような事ばしたとね」と冷やかされたことを思い出す。これはお遍路のマイナスイメージとしての「菅効果」である。

そういえば、菅総理大臣は、まだ途中までしか歩いていないと思う。中途半端なのである。
今度もまた、お遍路に行くのだろうか。でも、「神頼み」が今回も通用するとは限らない。

次にお遍路に行かれる時は大願成就がなってお礼参りとして行ってもらいたいものだ。四国ではお遍路を世界遺産に登録運動が進められている。もちろん「懺悔の路」としてではなく「日本民族の信仰のルーツの路として」であることは論を待たない。

何事も使用方法も間違えば大変なことになる。つまり両刃の剣なのである。
ついでに、四国遍路には「お接待」とか「無財七施」とか見返りを求めないで相手に尽くすという考えがあるが、これが永田町界隈では、否、地方にも蔓延しているのだが、「接待」となると見返りを求めて相手に媚びへつらう事に変わってしまうのだ。

さて、菅総理大臣、諫早湾干拓開門調査問題で従来の主張を曲げて、またぞろ「お詫び遍路」に出かけるということはありますまい。弘法大師・空海さんも「これ以上、私を懺悔の道連れにしないでほしい」と思っているに違いない。
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我が諫早での不満の一つに本屋さんがある。
図書館は充実していると思うが、最新刊や文庫本などを探す時に、現在の書店では品不足である。自然と長崎のメトロ書店、紀伊国屋書店に足が向く。

先日も会議のついでに立ち寄った。
書店に行ったら、なんとなく気になることがつきまとう。「この感じ!なんなのかな?」と最近まで自分ではわからなかったが、最近やっと思い当たった。それは、四国遍路に関する本がいつも念頭にあるのである。

そういえば我家に帰ってみると四国遍路に関する本がかなりある。この時も、また買ってしまった。
タイトルに惹かれた。「あそび遍路」、サブタイトルとして「おとなの夏休み」とある。2年前の小生の四国遍路通し打ちもこんな感じだったかなと言うのもあって、この文庫本を買った。

しばらく我家で眠っていたこの本を読んだ。
本の内容も面白かったが、どっちかと言うと、自分が歩いた当時のことを思い出すことが多く、とても懐かしさを感じる。また、この本の著者が精神科医(熊倉伸宏氏)で、小生も精神障害者支援を行っていることもあって親しみがわいた。

日常の雑念から開放され、限りなく自然回帰していく様が書かれていて、小生も「なんでこんな、どうでもよいことにこだわっているのだろう。どうでもよいではないか」と心境の変化を綴ったが、著者は「なぜ、このように生きられなかったのか」と遍路で日常を振り返る。こんな感覚は遍路経験者に共通するのではないかと思う。

先日、友人から遍路日記の出版を薦められた。
そういえば、小生の人生の指針として40歳の頃、立案した5歳刻みの到達目標である「我が人生の時刻表」には、たしか65歳で作家デビューとなっていたような気もするが一念発起して・・・と思ったりもするが、いまのところそんな余裕もないし能力もない。「その内に・・・」といつもの怠け心が顔を出して作家デビューはお蔵入りになりそうである。

この著者の遍路も全くの遊び心で信仰の対象としてではない。だが、歩くうちにいろんなことが心の変化となって生き方の原点を探っていくことになる。

空と海という壮大な自然を髣髴させる名を持つ弘法大師=空海。小生は親しみを込めて空海さんと呼ぶことにしている。すこしヒマができたら、四国遍路にでかけてみるとするか!
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プロフィール

多良岳の仙人

Author:多良岳の仙人
昨年還暦を迎えたのを節目として、「第二の人生」をどう生きるのかという課題を背負って、60年の人生を振り返り、これからの自分探しをテーマに四国八十八箇所のお遍路に行った。1400kmを「通し打ち」を敢行し無事38日間で結願した。今夏、高野山奥の院へ参拝。無事満願を果たした。


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